上 下
212 / 215

LVIII エピローグ-I

しおりを挟む



 ガタガタと車両を揺らしながら、私とセドリックを乗せた辻馬車が街の中を進んでいく。
 窓から見える景色は、良く親しんだ街並みだ。今日で最後だと思うと、感傷的になってしまう。
 噂好きの果物屋の主人とも、花の話でよく盛り上がっていた花屋の兄妹とも、長い付き合いだったライリーとも。私がこの街に戻ってこない限り、会う事はもう無いだろう。
 それ等の寂しさに耐えられず、窓から顔を逸らし隣の彼に凭れ掛かった。
 
「――セドリック」

 ぽつりと、彼の名を呼ぶ。

「――新しい場所へ行っても、私を愛していてくれる?」

 何故彼に、こんな問いを投げ掛けたのかは自分でも分らない。娘が居なくなってから今まで、彼は心を病んだ私を献身的に支え続けてくれていた。今更彼の愛を疑うつもりも無ければ、愛を失うとも思っていない。
 しかしきっと、新しい環境に少なからず不安を抱いているのだろう。私を愛していると、そんな言葉が欲しかったのかもしれない。
 この歳にもなって、子供じみていると自嘲を漏らす。
 
「――何言ってるんだ。当たり前だろ」

 しかし彼は笑う事無く、私の手を強く握り優しく囁いた。
 溶けていく緊張感と、僅かな安堵。その言葉を強く噛みしめながら、瞳を閉じる。

 思い返すのは、街の人達の事。
 娘が居なくなった事を知っているのは、マーシャやライリーを含めた数人だけだ。その為、気分転換に街へ出れば私に娘の話を振る人は少なくなかった。
 その都度、私は笑う事も出来ぬ中どうにか誤魔化して家に逃げ帰り、彼に縋って泣き続けた。

 娘が居なくなったことを、口にしたくなかった。娘の話を、されたくなかった。故に、あれ程お世話になった街の人達に別れを告げず、黙って出て来てしまった。
 今思えば、別れを告げずとも最後に一度だけ会っておけば良かったかもしれないと後悔が沸き上がる。

 しかしきっと、会わない日が続けば皆自然と私の事等忘れていくのだろう。今も、窓の外に目を遣れば親しい仲だった店の店主が笑顔で客と会話をしていた。
 そしてそんな中目に付いたのは、いつの日か私を水溜りに突き飛ばした、セドリックに恋をしていた少女。「彼を返して欲しい」だなんて、筋違いな事を言ってきたのは今となれば懐かしい思い出だ。
 その少女は大人になり、今や誰かの子を宿したのか大きなお腹を抱えていた。まるであの日の事など無かったかのように、幸せそうに笑っている。

 こうして、私は人々の記憶から消えていく。
 そう思うと、寂しさのような、切なさの様な言い難い感情が胸の中に広がっていくのを感じた。
 再び窓から視線を逸らし、凭れた彼の肩に擦り寄る様に額を擦りつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

処理中です...