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LVIII エピローグ-I
しおりを挟むガタガタと車両を揺らしながら、私とセドリックを乗せた辻馬車が街の中を進んでいく。
窓から見える景色は、良く親しんだ街並みだ。今日で最後だと思うと、感傷的になってしまう。
噂好きの果物屋の主人とも、花の話でよく盛り上がっていた花屋の兄妹とも、長い付き合いだったライリーとも。私がこの街に戻ってこない限り、会う事はもう無いだろう。
それ等の寂しさに耐えられず、窓から顔を逸らし隣の彼に凭れ掛かった。
「――セドリック」
ぽつりと、彼の名を呼ぶ。
「――新しい場所へ行っても、私を愛していてくれる?」
何故彼に、こんな問いを投げ掛けたのかは自分でも分らない。娘が居なくなってから今まで、彼は心を病んだ私を献身的に支え続けてくれていた。今更彼の愛を疑うつもりも無ければ、愛を失うとも思っていない。
しかしきっと、新しい環境に少なからず不安を抱いているのだろう。私を愛していると、そんな言葉が欲しかったのかもしれない。
この歳にもなって、子供じみていると自嘲を漏らす。
「――何言ってるんだ。当たり前だろ」
しかし彼は笑う事無く、私の手を強く握り優しく囁いた。
溶けていく緊張感と、僅かな安堵。その言葉を強く噛みしめながら、瞳を閉じる。
思い返すのは、街の人達の事。
娘が居なくなった事を知っているのは、マーシャやライリーを含めた数人だけだ。その為、気分転換に街へ出れば私に娘の話を振る人は少なくなかった。
その都度、私は笑う事も出来ぬ中どうにか誤魔化して家に逃げ帰り、彼に縋って泣き続けた。
娘が居なくなったことを、口にしたくなかった。娘の話を、されたくなかった。故に、あれ程お世話になった街の人達に別れを告げず、黙って出て来てしまった。
今思えば、別れを告げずとも最後に一度だけ会っておけば良かったかもしれないと後悔が沸き上がる。
しかしきっと、会わない日が続けば皆自然と私の事等忘れていくのだろう。今も、窓の外に目を遣れば親しい仲だった店の店主が笑顔で客と会話をしていた。
そしてそんな中目に付いたのは、いつの日か私を水溜りに突き飛ばした、セドリックに恋をしていた少女。「彼を返して欲しい」だなんて、筋違いな事を言ってきたのは今となれば懐かしい思い出だ。
その少女は大人になり、今や誰かの子を宿したのか大きなお腹を抱えていた。まるであの日の事など無かったかのように、幸せそうに笑っている。
こうして、私は人々の記憶から消えていく。
そう思うと、寂しさのような、切なさの様な言い難い感情が胸の中に広がっていくのを感じた。
再び窓から視線を逸らし、凭れた彼の肩に擦り寄る様に額を擦りつけた。
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