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LIII 私の娘に... -I
しおりを挟む水道から流れる、冷たい水。その水温が、体温を下げるのに丁度よいと感じる夏の暑い季節。
背に投げかけられたレイの不満げな声に、蛇口を捻り水を止めた。
「ねぇママ、どうして此処にはルイが居ないのぉ」
食器を全て洗い終えた事を確認し、キッチンから離れレイの待つリビングへと足を向ける。
「あら、レイ。お勉強はどうしたのかしら?」
彼女に指示したのは、単語書き取り3ページ。休憩時間も設け、1時間以内に終わらせる様に言った筈だが、彼女の前に置かれたノートはたったの1ページも埋まっていなかった。
そして相変わらず、余白には沢山の落描きがされている。これでは落描きだけでペンのインクを使いきってしまいそうだ。そろそろ、落描きを禁止すべきだろうか。
彼女の長所を摘み取ってしまう事はしたくないが、肝心の勉強が進まないのならそれも致し方が無い。
「絵を描くのもいいけれど、お勉強が進まないのなら落描きを禁止しなくてはいけないわね」
「ルイが居ないから捗らないの」
「ルイが居ても捗らないでしょう。あんまりにも言い訳ばかり並べていると、パパに言い付けるわよ」
どちらかと言えば、私よりセドリックの方が教育熱心だ。不真面目なレイを見れば彼はきつく叱りつけ、罰として書き取りページを増やしたりなんて事もしている。
レイは今も昔もセドリックが大好きで良く懐いているが、勉強に厳しいセドリックだけは好きになれない様だった。
「パパに言うだなんて卑怯! 抑々、どうして今日はルイとパパはお出かけで、私は家で1人勉強なの?! ルイも勉強していないんだから、私もしなくたっていいじゃない」
「相変わらず口が減らないわねぇ……」
レイの言う通り、セドリックとルイは今日2人きりで遠出をしている。向かった先は、私とセドリックが嘗て散歩と称して出かけたあの緑豊かな丘。悪夢に魘されるセドリックに膝枕をした、思い出深い場所だ。
そこへ行ったのには、大きな理由がある。それは、ルイに少し早い誕生日プレゼントを渡す為だ。
そして私には、レイにそのプレゼントを渡す役目がある。
ふらりとレイから離れ、チェストの方へ足を向けた。そっとチェストの淵をなぞり、一番上の引き出しを開く。
お目当ては、プレゼントが入った小箱。
畳んで仕舞われた服を数枚捲り、その小箱を慎重に取り出す。
これを渡すのはレイがしっかりと勉強を終えてからにしようと思っていたが、この調子だといつまで経っても終わらず、日が暮れてしまいそうだ。それに、2人が帰ってくる前に彼女にこれを渡さなくてはならない。
「レイ、お勉強はもういいわ。ノートとペンを片して」
「え?もういいの?」
「このまま続けても、貴女は落描きしかしないでしょう」
苦笑しつつも、小箱を手にレイと向かい合う様に椅子に座る。
「少し、ママとお話をしましょうか」
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