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LII 最後の瞬間-IV

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 僅かに震えた彼女の声。涙を堪える様なその表情に、私と彼女の愛おしい思い出が蘇り酷く胸が締め付けられた。
 
「今日、貴女と会えて嬉しかったです。これが本当の最後になります。子供達に沢山の愛を注いで、幸せで居てください。約束ですよ」

 彼女が徐に、此方に小指を差し出した。
 その指を暫し見つめた後、くすりと笑みを零し自身の小指を彼女の小指に絡ませた。

「指切りなんて、子供みたいね」

「良いじゃないですか。最後なんですから」

 彼女が子供の様にふふ、と笑う。

「――Cross my heart and hope to die.《十字を切って誓ったからには死んでも良いよ。》」

 そして、子供が約束事をする際のお決まりのフレーズを口にした。
 本当に子供みたいだと、思わず笑ってしまいそうになる。しかし彼女の穏やかな表情に何も言えず、その言葉を飲み込んだ。
 彼女によって指が解かれ、名残を惜しんだ私の手だけが宙に残される。

「どうか、お元気で」

 彼女がベンチから腰を上げ、私に深々と頭を下げた。その拍子に、彼女の耳の横で揺れていた髪がふわりと風に靡く。
 聞きたい事も、言いたい事も、沢山あった。でも私は、それを何も聞けていない。言えていない。更には一番重要な、謝罪すら出来ていない。
 こんなお別れをしては駄目だ。きっと、一生後悔する。

「――待って」

 踵を返し、街の方へ歩いていく彼女を呼び止めた。彼女が足を止め、ゆっくりと振り返る。
 振り向きざまに、髪を耳に掛ける仕草。それは、屋敷で何度か見た事がある、彼女の小さな癖だった。
 あれから10年も経ったからだろうか。懐かしさを感じながらも、当時は可愛らしく見えていたその癖が今はとても艶やかに見えた。

「ごめんなさい、私」

 ベンチから立ち上がり、1歩、2歩、と彼女へ近づく。

「私、貴女を裏切ってしまった」

「――……」

「ずっと後悔してたの、貴女を屋敷に置いて行ってしまった事……。屋敷に残された貴女はどんな気持ちだったか、何を思うかなんて、あの時の私は考えもしなかった」

 コツコツとヒールの音を立てて、彼女が私に歩み寄る。
 目の前まで来た彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、続きの言葉を述べようと震える口で息を吸い込んだ。

「私はただ、自分の幸せだけを――」

 だが、言葉は途中で止まる。私の言葉を止めたのは、他でも無い彼女の指先。
 唇に添えられた指先は冷え切っていて、僅かに震えている。

「――では」

 微笑みを湛えたまま、彼女が口を開いた。

「今からでも、私と2人で逃げてくださいますか?」
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