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LII 最後の瞬間-II

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「ねぇママ、早く!今度はあれを見たい!」

 自身の少し先を歩くレイが、徐に遠くの方を指さした。そしてルイの手を引き、橋の方へと駆けていく。

「待って頂戴!そんなに急がなくても時間はまだあるわ」

 スカートを軽く摘まみ上げ、品が無いと分かっていながらも駆けて行ってしまう娘2人を追い掛ける。
 丁度、小さな橋を渡ろうとした時。私の視線は前を駆ける娘2人にしか向いていなかった為、女性が歩いてきている事に気が付かなかった。
 その女性と強く肩がぶつかってしまい、足元がふらつき思わず柵の手摺を掴む。

「――ごめんなさい!」

「いえ、此方こそ失礼致しました」

 お互い軽く会釈をして、娘の後を追おうとその女性と擦れ違う。
 その瞬間、鼻腔を擽ったのはお気に入りの紅茶を連想する甘いベルガモットの香り。これは確か、私が屋敷に居た頃好んで付けていた香水パフュームと同じ香りだ。親に与えられた物だった為高価な物と把握しているが、擦れ違った女性は貴族の人間では無かった筈だ。一体どんな人物なのだろうと疑問が沸き上がり、振り返った。

 私とほぼ同時に、その女性も足を止め振り返る。
 ブラウンの髪に、サファイアの瞳。そして片耳に付けた、よく知ったピアス。私は、その顔に目を見張った。
 
「――メアリー……?」

 口を衝いて出た名前は、もう10年以上も呼んでなかった、忘れかけていた名前。私の声に、彼女が切なげに表情を歪ませた。

「お久しぶりです、エルお嬢様」

 背後から、私を呼ぶ娘の声が聞こえる。しかし今は、彼女の顔から目が離せなかった。

「ご無事で、何よりです」


 ◇ ◇ ◇


 少し離れた場所のベンチで、娘2人が楽し気に手遊びをしている。
 それを眺めていると、隣に座る彼女が静かに口を開いた。

「エルお嬢様、今迄何方へ?」

 その問いに、「もうお嬢様じゃないわ」と返すと、彼女が頬を緩ませて「癖ですので」と呟いた。

「18歳の誕生日パーティーで出会った男性と、街の小さな家で暮らしてる」

「――左様ですか」

 彼女は怒る事も、責める事も、嗤う事もしない。ただ、微笑みを称え会話に興じていた。そんな彼女との空気が気まずく、言葉が詰まる。
 私は何も言わず、突然屋敷から居なくなり10年以上一度も帰る事は無かった。
 それだけでなく、彼女は自分と逃げようと伝えてくれたのに私は別の男性を選んだ。本来であればそれに憤り、激しく詰責きっせきしてもおかしくは無い筈だ。
 なのに、彼女はまるで最初から全て知っていたかの様に、私の返答に驚きもせず遠くに居る娘達を眺めていた。
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