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LI 雷鳴の轟く夜-III

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 沸き上がる様に思い出されるのは、先程見たあの夢。隣の彼に甘える様に擦り寄り、その腕に自らの腕を絡める。
 すると、彼が徐にブランケットを私の身体に巻き付けた。その行動の意図が分からず疑問を抱くが、何処かぎこちなく逸らされた顔に凡その察しが付く。

「――夢を、見ていたの。此処に来て、まだ間もない頃の、嵐の夜の夢」

「嵐の夜……」

「貴方は覚えていない?」

 彼が巻き付けたブランケットを肩から落とし、彼に凭れ掛かった。
 そして誘惑でもするかのように「初めてキスしようとした時の事」と囁く。

 私が身に着けているネグリジェは非常に生地が薄く、よく見なくとも肌が透けているのが分かる。胸元もはだけていて、更には下着を身に着けていない為目のやり場に困ってしまったのだろう。
 そんな彼が可愛らしく、愛おしく、あの夢を見た事も相まってか彼に触れたいなんて欲求が沸き上がる。

「あの時、なんて明かりが消えたんだ」

 相変わらずその視線は定まらず、私の髪を撫でる手もぎこちない。
 きっと彼は平常心を装っているつもりなのだろうが、私にはその動揺が見て取れた。そんな彼を見ていると、ついつい頬が緩んでしまう。

「――それが、よく思い出せないの。カーテンの裾が窓枠に挟まっていた事は覚えているのだけど……」

「大事な事は覚えてないんだな」

「それって、そんなに大事な事かしら」

 ふふ、と笑みを零すと、彼も釣られて口元を緩めた。

 ゆるりと絡めた腕を解き、腰を上げる。そしてそっと燭台の火に息を吹きかけ、灯りを消した。
 暗闇に包まれた部屋は、“あの夜”と同じ。

 普段なら、絶対にこんな事は出来ない。全ては、あの夢と嵐の所為だ。
 そう心の中で言い訳を重ねながら、目が慣れぬ中彼に近づいた。

「――ねぇ」

 手探りで彼を見つけ、当時の様にその膝の上に跨る。

「暗い所が苦手なの」

 嵐の音に掻き消されぬ様彼の耳に口元を近づけ、甘く囁いた。

「1人は、嫌なの」

 徐々に暗闇に目が慣れ、彼の整った顔が瞳に映る。その美しさは、何年経っても変わる事は無い。寧ろ、その美しさは日に日に増している様にすら思える。

「――1人に、しないで」

 あの日と同じ言葉。同じ、距離。
 まるで、あの夜に戻ったかのようだ。そんな錯覚に、理性が溶けていくのを感じる。

「――エル」

 熱の籠った声で、彼が私の名を呼んだ。
 私の項に滑る彼の手から、甘い熱が伝わる。引き寄せられるままに、こつりと額を合わせた。

「――俺が、傍に居るから」

 彼が告げた言葉も、当時と同じ。

 あの晩、苦しく感じる程彼に心酔しきっていた
 その顔も、声も、瞳も、身体も、体内を流れる血液さえも、全てが狂おしく、愛おしかった。彼が、何よりも欲しかった。
 それは、今も同じだ。手に入った今でもまだ足りない。こんなに近くに居るのに、長い間同じ時間を過ごしたのに、それでもまだ足りない。

 恋や愛は精神病、だなんて良く言った物だ。
 彼への狂おしいこの愛情が、病でないと言うならなんというのか。

「だからお前も――」

 彼が続けて、言葉を漏らす。
 本当なら、その言葉をしっかりと聞き終えたかった。しかし欲望が限界を達し、その言葉を飲み込むように彼の唇に自らの唇を押し当てる。

 お互いの唇を食み、舌を絡め、貪る様に、口付けを何度も繰り返す。
 あの日の様に、まるで私達の行為を妨害するかの様な迅雷じんらいも、稲妻も、今では情欲の助長にしかならない。寧ろ、娘2人への配慮が省ける為好都合だ。

 私の身体に触れる彼の手つきは官能的であり、徐々に体温が上がっていく。
 あの日の私が、今では愛した彼とこんな淫靡いんびな時間を過ごしているなんて知ったらどう思うだろうか。そう考えるだけで、ぞくぞくと快感がほとばしり気分が高揚する。

「――ねぇ、セドリック」

 離れた唇で強請るように名前を呼ぶと、彼の指先が徐に私の頬をなぞった。そして次の瞬間、彼に強く引き寄せられベッドに押し倒される。

「――あの子達には、気付かれないようにね」

 そう笑って告げれば、口元を僅かに緩めた彼が「それはお前次第だな」と囁いた。
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