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L 過去-IV
しおりを挟む彼の、何気ない問い。その問いに、胸に奥がちり、と痛んだ。
あの歌とは、娘に聞かせていた歌の事だろう。
思い入れがあるか無いか、それは私にも分からない。ただ、メアリーが良く歌っていた。それをいつの間にか覚えてしまい、無意識的に娘に歌い聞かせていた。それだけだ。
しかし、彼がそれを聞いたらどう思うだろうか。
もう屋敷を出て5年以上が経つと言うのに、未だにウェイティングメイドであったメアリーの事を想っているなんて、きっと私がセドリックの立場であれば屋敷を恋しく思っているのでは無いか、などと思ってしまう筈だ。
「――昔、ね……何処かで聞いた事があって、それがたまたま印象に残っていて……」
しかし、誤魔化す言葉など咄嗟に浮かぶ訳が無い。
彼にも直ぐ勘付かれてしまいそうだと思いながらも、彼の視線から逃れる様にカップに口を付けた。
「そうだったのか。よくあれを歌ってるから、特別何か思い入れがあったのかと。例えば、お前の母親が同じ様に歌って聞かせたとか……」
彼の言葉に、今度は別の意味で胸が痛む。
母が私に、子守歌等を歌ってくれた事は無かった。眠れない夜に傍に居てくれたのは母でも無く、父でも無く、モーリスだ。彼が子守歌を歌う事は無かったが、眠れない日には時々話を聞かせてくれた。
普通なら、子供には母親が寄り添う物なのだろう。私もそうだ。娘達が眠りにつくときは、必ず眠るまで傍に寄り添っている。
しかし母は、私に寄り添ってくれる事は一度だって無かった。
「――そういう、物では……」
何か返事をしなければと思うものの、胸の痛みに言葉が詰まる。
あまり、彼に心配を掛けたくない。聞かなければ良かったと、後悔をさせたくない。だから出来る限り笑顔で、彼の言葉を自然に誤魔化さなければならない。
しかし、何も言葉は浮かばず、考えれば考える程頭の中はぐちゃぐちゃと絡まっていく様だった。
「――まま」
突如、背後から小さな声が聞こえた。その声に驚き、心音が早くなるのを感じながら彼と共に声の方向へと視線を投げる。
「――ルイ?どうしたの、起きちゃった?」
自身に声を掛けた人物。それは、先程寝かしつけた筈の娘だった。
内心、この緊張感の漂う空気から逃れられた事にほっとしながらも、椅子から腰を上げルイに歩み寄る。そして腰を屈めてルイの顔を覗き込むと、彼女が私の顔をじっと見つめた。
「まま、どこかいたいの?」
ぽつりと、彼女が相変わらずの無表情で告げる。
怖がる様子は無く、かといって私を心配している素振りも無く、ただ淡々と告げるその彼女は、何処か出逢ったばかりのセドリックを彷彿とさせる顔をしていた。
心中をも見透かしてしまいそうな、その宝石の様に澄んだ瞳に思わず顔を反らす。
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