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L 過去-III
しおりを挟む◇ ◇ ◇
両手で包み込めばすっぽり収まってしまう程の、小さなマグカップ。そこに注がれているのは彼が用意してくれたホットミルク。
両の掌にミルクの温かさを感じながら、自身の向かいに座った彼の顔を上目遣いに覗き見る。
1階に降りてきて、彼は一度も言葉を発していない。
両親の事を尋ねてから、彼はずっと何かを考えこむ様な顔をしていた。
興味半分、後悔半分といった所だろうか。やはり、大切な人の両親には感興を惹かれてしまうものだ。
どうしても彼の両親への興味を拭えず、彼に謝罪をする事も質問の訂正をする事も出来なかった。ここで誤魔化してしまえば、もう二度と彼の両親の事を知る事は出来ないと思ったからだ。
しかし彼に同じ問いをされたとしたら、私は上手く答えられそうに無かった。
マグカップに口を付け、ちびちびとホットミルクを飲みながらどうした物かと考える。
「――母からよく、父に似ていると言われていた」
長い沈黙。それを破ったのは、彼の方だった。
「お父様に?」
思わずそう問うと、彼が小さく頷いた。
「もう随分と昔の事だからよく覚えていないがな。父に似て、綺麗な顔立ちをしていると母は良く言っていた。だが、俺は子供ながらに母に似ているんじゃないかと思ってた。母は長い黒髪に赤い瞳をしていたから、容姿だけで言うなら母に似ていたんじゃないかと」
「そう……」
「黒髪なのは父も同じだったが、父は青い瞳をしていた。父は表情が乏しく無口だったからか、その目がやけに冷たく見えて嫌いだった。でも、今になってはどっちに似ているかは分からない。瞳の下に、2つ並んだホクロがあるだろ。レイにもある物だが、父にも同じホクロがあった。鏡を見れば、父がそこに立っている様な気さえしてくる」
彼はカップに注がれたミルクを飲みながら、淡々と告げる。その声からは、感情が一切伝わってこない。
「セドリックは、お母様に似ている方が良かった?」
私の問いに、彼が一瞬ぴたりと動きを止めた。
彼の瞳の奥に、言葉にし難い感情が滲む。それは愁然にも、厭悪にも思える“何か”だった。
しかし彼は、それを誤魔化す様にぎこちなく頬を緩める。
「どうだろうな」
彼の視線はカップに落ちたまま。瞳の奥の、その言い難い感情も消えていない。
余計な事を、聞いてしまったかもしれない。彼が両親の話をしてくれただけでも充分だったのに、詮索するような事をしてしまった事に罪悪感を抱く。
「――そういえば、あの歌」
またもや沈黙を裂く様に、彼が口を開いた。
無理矢理話題を変えられた事を感じ取りながらも、顔を上げる。
「何か、思い入れのある歌なのか?」
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