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XLIX 食事-I
しおりを挟む季節は冬。
空を覆いつくすのは、今にも雨が降り出しそうな程の黒い雲。こんな日は、昼間から部屋に明かりを灯さなければならない。
しかし、外は昨晩の豪雪の影響で一面銀世界。そのお陰で、明かりを灯さなくとも家の中が晴れの日の様に明るかった。
現時刻は12時半。
小さなスプーンに掬い取ったスープを、子供用の椅子に座ってうつらうつらとする愛娘の口元に近づける。
子供の口の大きさに合わせて作られた銀のスプーンは、柄尻に小さなミツバチの飾りが付けられていてとても愛らしく、娘2人のお気に入りだ。レイに至っては、このスプーンでなければ中々食事をしてくれない。
そんな愛娘は、今年の夏に1歳になった。
時の流れは恐ろしい程に早く、2人は大きな怪我も病も無く元気にすくすくと育った。
セドリックも不器用ながらも娘と接し、1年が経った今では良き父親となっていた。そして私はこの1年でゆっくりと精神と体重を戻し、今では誰も「窶れた」等と言わない程に回復をした。緩くなり、落ちてしまいそうだった指輪は、今はぴったりと指に嵌っている。
不安など無い、幸せな暮らし。
寧ろ、これ程幸せで良いのだろうか、と不安に思ってしまう程だ。
ルイは眠そうな目をしながらも、お腹が空いているのかスプーンを近づける度に小さな口を目一杯に開けた。そして、口に含んだスープを小動物の様にもぐもぐと咀嚼する。そんな姿は、頬が緩んでしまう程に愛らしい。
子供達とこうして食事をする時間は、私にとって一番の癒しの時間。ルイは大人しく素直な為、食事の時間はとても穏やかな物だった。
――しかし、隣でレイにご飯を食べさせているセドリックはそうでは無い様だ。
「あぁー、待て! 皿に手を入れるな! それは玩具じゃない!」
「いや!」
「嫌じゃないだろ! 大人しくしろ!」
「やぁー!」
2人の騒がしい声が部屋に響く。
よくルイも、自身の妹と父親がこれ程までに騒いでいる隣で、うとうとと出来るものだ。そう思ってしまう程に、今日の2人は一段と騒がしい。
お気に入りのスプーンはレイの手によって遠くへ投げられ、振り上げられた腕は先程から何度もセドリックの肩を叩いている。
レイは少々――いやかなり落ち着きが無く、我儘で言う事を聞いてくれない事が多い。セドリック相手になるとその我儘は更に増す様で、彼とレイの食事はいつも騒がしかった。
毎回と言ってよい程にレイはご飯を素手で掴み、そしてセドリックに投げつけ、その都度彼が怒りながら器を取り上げる。彼のシャツは投げつけられたご飯で汚れ、今月だけでもう5枚もシャツを買い替えていた。
「大変そうねぇ」
今日もレイと格闘しているセドリックを眺め、ぽつりと呟く。
「そう思うんだったら、たまには交代してくれ……」
「レイは貴方からのご飯しか食べないのよ」
「そんな訳無いだろ。お前相手だったらここ迄暴れねぇよ」
疲れ切った顔をしているセドリックを見ていると、あまりにおかしくて思わず笑ってしまう。
彼がこれ程感情を表に出すだなんて、数年前迄は考えられなかった事だ。2人が産まれて、特にレイの相手をする様になってから彼はとても口数が増え、表情が豊かになった様に感じた。
苛立ちすらもあまり口にせず、表情にも出さなかった彼が、今ではレイ相手に怒って騒いで、1日の終わりには疲れ果ててぐったりとしている。そんな彼の姿が見れて、今はただただ嬉しかった。
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