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XLVII 大切な家族-II
しおりを挟む「――お疲れ」
ゆっくりとベッドに近づき、私の手を取ったのは最愛の夫。私の髪を撫で、額にキスを落とした彼に返事の意を籠め優しく微笑み掛ける。
彼は、私が陣痛を迎えてから出産を終えるまで、ずっと傍に付いていてくれた。
陣痛が起こったのは0時前。それから不規則に起こる陣痛に苦しみ、そして助産婦を呼び慌ただしい時間を過ごした後、16時過ぎに無事出産を終えた。その為、お互いまともな睡眠は一切取れていない。
私は陣痛や出産などがあり慌ただしく過ごしていた故に、睡眠がとれていない事に特別苦痛を感じていないが、ロングスリーパーの傾向があるセドリックにとって睡眠がとれない時間は苦痛を伴うものであっただろう。しかしそれでも彼は、一睡もせず私に寄り添ってくれていた。
「――自分で産んだのが、まだ信じられない」
痛む身体を起こし、ベッドで眠る双子の姉――ルイを抱き上げた。
父であるセドリックと同じローズレッドの瞳を持った姉のルイと、母である私と同じイエローブラウンの瞳を持った妹のレイ。どちらも肌が透き通る様に白く、まだ産まれたばかりの赤子なのに美しい娘に育つだろうと確信を持つ。
「可愛い子ね」
胸に抱いたルイを眺め、ふふ、と笑みを漏らす。
身内贔屓等では無く、本当に可愛い赤子だった。顔立ちが良いのは、セドリックの血を引いたからかもしれない。
柔らかく触り心地の良いルイの頬を指先でなぞり、その小さな額にキスを落とした。
「貴方も抱いてあげて」
ベッドの傍で私とルイを眺めていたセドリックに、囁く様に告げる。
しかしセドリックは、私の言葉にやや複雑な表情を浮かべた。
母親は本能的な物か、教わらなくとも我が子の抱き方は直ぐに分かる。しかし、セドリックは違うのだろう。ベッドで眠るレイの頬を指先で撫でたりはするものの、中々抱き上げようとはしなかった。
そんなセドリックに、近くで私達を見ていた助産婦が笑みを零した。タオルや器具の片付けを中断し、此方に歩み寄ってくる。
「赤ちゃんを抱くのは初めてかしら?」
助産婦の問い掛けに、彼が曖昧に頷いた。
「大丈夫、何も怖い事は無いわ」
そう言って、助産婦は易々とレイを抱き上げる。そして困惑の表情を浮かべるセドリックに丁寧に抱き方を教え、彼の腕の中へとレイを渡した。
抱き方を教わっているとはいえ、彼の抱き方はぎこちない。父親とはこういう物なのだと理解しながらも、その強張った顔に思わず吹き出すように笑ってしまった。
「セドリック、顔が怖いわ」
腕の中のルイにあまり刺激を与えてはならない、と頭では分かっているが、笑いが止まらず肩が震える。
「もっと笑って」
初めて娘を前にして、どの様な顔をすれば良いのかが分からないのだろう。複雑に表情をころころと変え、レイを腕に抱きながら私の隣に腰掛けたセドリックは見ていて何だか面白い。
彼の肩に凭れ掛かり、その腕に抱かれたレイの顔を覗き込む。
「――レイ」
ぽそりと、彼が躊躇いながらも娘の名を呼んだ。
その瞬間、彼の声に反応する様にぱちりとレイの瞳が開く。
まだ何も映していない筈の瞳は確かにセドリックを捉えていて、焼き立てのパンの様にふっくらとした小さな手が彼の方へと伸ばされた。
「あら、レイはちゃんと貴方がパパだって分かっているのね」
彼に届くことなく彷徨う手は、愛らしくてつい握りたくなってしまう。それはセドリックも同じだったのか、彼が徐に伸ばされたレイの手を包み込んだ。
――自身が屋敷から抜け出し、メアリーやモーリス、エインズワース家を裏切った罪は大きい。
いつか、天罰となって自身に降りかかるのでは無いかという不安は尽きなかった。
しかし、最愛の夫と可愛い我が子達に囲まれる今、此処にあるのは確かな幸せだ。見えぬ未来を憂うよりも、此処に有る幸せを大切にしていこう。
そう、深く感懐を抱いた。
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