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XL 自問-V

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「じゃあ、行ってくるわね」

 診療所の壁に凭れ掛かった彼女に微笑みかけ、ドアノブを捻る。少し重く感じる扉をゆっくり押し開くと、カラリとドアベルが鳴った。
 白を基調とした清潔感のある診療所の中は、僅かにアルコールのニオイがする。決して大きく広い建物では無いが、内装は長椅子が並べられただけのシンプルな物で、居心地の良さそうな空間だった。
 音に気付いたのか、カーテンの奥からこの診療所の医師らしき人が顔を出す。シルバーフレームの眼鏡にバイオレットの瞳が印象的な男性だ。街の女性達が噂する理由が分かる程、端正な顔立ちをしている。

「おや、見ない顔ですね。診察ですか?」

 その声はややハスキーで、何処か少年を連想させるものだ。

「はい、お願いします」

 彼の問いに答えると、彼は私を数秒程見つめた後カーテンの奥へと案内してくれた。



 ――時間にすると、約30分。
 医師の腕が良かったのか検査も手際良く進み、想像よりも早く解放された。
 診察を終え、この診療所の医師――エドワード・マクファーデンにぺこりと頭を下げる。

「――ありがとうございました」

「1週間後に、また来てください」

 彼の言葉に黙って頷き、診療所の扉を開く。
 マクファーデン先生は確かに不愛想であり、マーシャの言う通り何を考えているか分からない人だった。だが医学的な事は全て噛み砕いて分かり易く説明してくれて、とてもいい先生なのだという事は分かった。
 不愛想と言ってもセドリックとはまた違った性格をしていて、何処か抜けている様な先生だ。医療の話となると饒舌になるが、それ以外に関してはあまり言葉の多くない人である。少々眠たげな表情をしている様に見えたが、あれが通常なのだろうか。苦手意識を抱く程の人では無いと感じたが、少々扱いづらそうな印象を持った為マーシャが苦手とする理由が少し分かるような気がした。


「――エルちゃん、先生なんだって?」

 診療所の外で待機していたマーシャが、私の姿を見るなり不安気な表情を浮かべ駆け寄ってきた。

「……うん」

 その言葉に小さく頷き、自身にも言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。


「――妊娠、しているって」


 口にすると、その言葉の重みを深く感じる。憶測通りではあったものの、やはり自分の中で何処か他人事の様に思っている節があったのだろう。焦りや絶望、恐怖や不安などの感情が一気に沸き上がるのを感じた。
 だが、私の気持ちとは裏腹にマーシャはぱっと顔を綻ばせる。

「お、おめでとう……!」

 さっきまでずっと不安気な顔をしていたというのに、彼女の顔に花が咲いた様な笑顔が浮かぶ。そんな彼女の表情を見ていると、僅かながら不安が和らぐのが分かった。
 彼女はとても喜んでくれている。これは、きっととても喜ばしい事。
 だが、どうしても素直に喜ぶ事が出来ない。それは、セドリックの反応への恐怖か、それとも“あの夢”の所為か。

「――エルちゃん、嬉しくないの?」

 私を見て何かを覚ったのか、彼女の顔から笑みが消えた。

「嬉しくない訳じゃないわ。大丈夫よ。でも、セドリックがどう思うのか……少し心配で……」

「セディなら大丈夫だよ!あいつ、凄いエルちゃんの事大事にしてて……、子供出来た事だって、絶対喜んでくれる筈!」

「――そうだと、良いのだけど」

 頭の中を回る、メアリーの言葉。あれはただの夢だ。分かってる。
 だがどうしても、それを断ち切る事が出来ない。

「――ねぇ、マーシャ」

 私の一歩前を、嬉しそうに歩く彼女に声を掛けた。

「妊娠した事、セドリックには黙っていて欲しいの」

 マーシャは、自分の事の様に喜んでくれている。そんな彼女に自身の思いを伝える事はとても憚られた。
 だからなるべく誤解を生まない様、穏やかに告げる。

「――……」

 マーシャと私の間を、冷たい風が吹き抜けた。
 私は今、どんな顔をしていただろうか。マーシャは何も言わず、黙って私の顔を見つめる。その顔には、僅かに不安が滲んでいた。

「――大事な事だし、自分の口で……伝えたいから……」

 取って付けた様な言葉だと、自分でも思う。 
 だが彼女はそれを追及する事無く、「分かった」と一言、消え入りそうな声で答えた。
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