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XL 自問-IV
しおりを挟むマーシャが家を訪ねてきたのは、それから約1時間が経ってからだった。
部屋に響くドアノッカーの音。返事をする前に解錠され、ゆっくりと扉が開く。
「エルちゃん大丈夫?セディから話は聞いてるよ」
扉から顔を覗かせたマーシャが、不安げに此方を見つめる。
結局、この1時間悶々と色んな事を考えてしまい、一睡もする事が出来なかった。その所為か、視界を動かす度にぐらぐらと眩暈が起こる。
「ええ、心配かけてしまってごめんなさい」
込み上げる吐き気を何とか抑えながら起き上がり、マーシャに微笑みかけた。
「顔、真っ青だよ。本当に大丈夫?歩ける?」
此方に駆け寄ってきたマーシャが、私を支える様に背に触れた。彼女の問いに「大丈夫」と一言答え、ゆっくりベッドから腰を上げる。
「とりあえず、診療所行こうか。先生に診てもらおう?」
彼女の問いに小さく頷き、ふらふらとした足取りで玄関へと向かう。そしてコートラックからストールを手に取り、それを羽織って外へ出た。
マーシャが家の戸締りをしているのを尻目に、曇った空を見上げる。愛らしい鳴き声を発しながら、視界を遮る様に飛ぶのは白い小鳥。その小鳥が飛んでいく先には葉の落ちた木があり、枝には同じ種類の小鳥が数羽とまっていた。
寒空の下、身を寄せ合う様に小さな足で枝にとまるあの小鳥達は家族なのだろうか。鳥類はパートナーをとても大切にする、なんて話を前に何処かで聞いた事がある。その姿を眺めぼんやりと考えていると、戸締りを終えたマーシャが私に身を寄せた。
「どうかした?」
彼女の問いにふと我に返り、鳥達から視線を離す。目に留まった野鳥に迄そんな事を考えてしまうなんて、今の私は相当参ってしまっているらしい。
彼女の問いに「何でもない」と短く返し、街の方へと歩を進めた。
それから、マーシャに身体を支えられながら歩く事十数分。視線の先に、小さな診療所が見えてきた。
今までに何度も目にしている建物だが、中に入るのは初めてだ。確か、医師の名前はマクファーデンと言っただろうか。私は一度も目にした事が無い医師だが、街の女性達が綺麗な顔立ちをしていると噂しているのを聞いた事があった。
診療所の前で足を止め、小さく息を吐いてからドアノブに手を掛ける。
「――あ、あのさ」
ドアノブを捻ろうと手に力を籠めた瞬間、ずっと黙っていたマーシャが突如声を上げた。
「――私、外で待ってても良いかな」
彼女の言葉は何処かぎこちなく、表情は僅かに歪んでいる。
「どうして?何かあるの?」
思わずその言葉に問い返すと、彼女がより一層顔を歪めた。
「――あぁ、えっと……私、此処の先生得意じゃなくって」
「得意じゃ、無い?」
復唱する様に問うと、彼女がコクリと頷く。
彼女の表情を見るに、相当苦手な先生の様だ。その様な顔を見ていると、じわじわと不安が沸き上がってくる。
「構わないけれど、怖い人なの?」
「うぅん、全然怖くは無いよ。ちょっと、何考えてるか分からない様な人で、私が個人的に苦手ってだけで」
「――そう……」
私の主観ではあるが、マーシャは人の表情を読み取る事にとても長けている様だ。あれ程表情の変化が無いセドリックの事さえ、分かり易いと言ってしまう程である。
そんなマーシャが苦手とするという事は、余程表情の無い人なのだろう。苦虫を噛み潰した様な顔をしている彼女が何だか面白く感じ、くすりと笑みを零した。
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