上 下
147 / 215

XL 自問-IV

しおりを挟む




 マーシャが家を訪ねてきたのは、それから約1時間が経ってからだった。
 部屋に響くドアノッカーの音。返事をする前に解錠され、ゆっくりと扉が開く。
 
「エルちゃん大丈夫?セディから話は聞いてるよ」

 扉から顔を覗かせたマーシャが、不安げに此方を見つめる。
 結局、この1時間悶々と色んな事を考えてしまい、一睡もする事が出来なかった。その所為か、視界を動かす度にぐらぐらと眩暈が起こる。

「ええ、心配かけてしまってごめんなさい」

 込み上げる吐き気を何とか抑えながら起き上がり、マーシャに微笑みかけた。

「顔、真っ青だよ。本当に大丈夫?歩ける?」

 此方に駆け寄ってきたマーシャが、私を支える様に背に触れた。彼女の問いに「大丈夫」と一言答え、ゆっくりベッドから腰を上げる。

「とりあえず、診療所行こうか。先生に診てもらおう?」

 彼女の問いに小さく頷き、ふらふらとした足取りで玄関へと向かう。そしてコートラックからストールを手に取り、それを羽織って外へ出た。
 マーシャが家の戸締りをしているのを尻目に、曇った空を見上げる。愛らしい鳴き声を発しながら、視界を遮る様に飛ぶのは白い小鳥。その小鳥が飛んでいく先には葉の落ちた木があり、枝には同じ種類の小鳥が数羽とまっていた。
 寒空の下、身を寄せ合う様に小さな足で枝にとまるあの小鳥達は家族なのだろうか。鳥類はパートナーをとても大切にする、なんて話を前に何処かで聞いた事がある。その姿を眺めぼんやりと考えていると、戸締りを終えたマーシャが私に身を寄せた。

「どうかした?」

 彼女の問いにふと我に返り、鳥達から視線を離す。目に留まった野鳥に迄そんな事を考えてしまうなんて、今の私は相当参ってしまっているらしい。
 彼女の問いに「何でもない」と短く返し、街の方へと歩を進めた。

 それから、マーシャに身体を支えられながら歩く事十数分。視線の先に、小さな診療所が見えてきた。
 今までに何度も目にしている建物だが、中に入るのは初めてだ。確か、医師の名前はマクファーデンと言っただろうか。私は一度も目にした事が無い医師だが、街の女性達が綺麗な顔立ちをしていると噂しているのを聞いた事があった。
 診療所の前で足を止め、小さく息を吐いてからドアノブに手を掛ける。

「――あ、あのさ」

 ドアノブを捻ろうと手に力を籠めた瞬間、ずっと黙っていたマーシャが突如声を上げた。

「――私、外で待ってても良いかな」

 彼女の言葉は何処かぎこちなく、表情は僅かに歪んでいる。

「どうして?何かあるの?」

 思わずその言葉に問い返すと、彼女がより一層顔を歪めた。

「――あぁ、えっと……私、此処の先生得意じゃなくって」

「得意じゃ、無い?」

 復唱する様に問うと、彼女がコクリと頷く。
 彼女の表情を見るに、相当苦手な先生の様だ。その様な顔を見ていると、じわじわと不安が沸き上がってくる。

「構わないけれど、怖い人なの?」

「うぅん、全然怖くは無いよ。ちょっと、何考えてるか分からない様な人で、私が個人的に苦手ってだけで」

「――そう……」

 私の主観ではあるが、マーシャは人の表情を読み取る事にとても長けている様だ。あれ程表情の変化が無いセドリックの事さえ、分かり易いと言ってしまう程である。
 そんなマーシャが苦手とするという事は、余程表情の無い人なのだろう。苦虫を噛み潰した様な顔をしている彼女が何だか面白く感じ、くすりと笑みを零した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

処理中です...