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XL 自問-III

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「私は大丈夫よ、ほら早く、仕事に行って」

 精一杯の笑顔を顔に浮かべ、彼の肩をぽんと叩く。
 私の頬から名残惜しそうに手を離す彼が、ほんの一瞬その顔に不安を滲ませた。だが直ぐにベッドから立ち上がり、玄関の方へ向かっていく。

「じゃあ、行ってくる。ちゃんと診療所行けよ」

「分かっているわ。行ってらっしゃい」

 ベッドの中から手を振り、家を去っていく彼を見送る。
 彼はというと、私を余程心配していたのか扉が閉まる瞬間まで私を見つめていてくれていた。
 パタリ、と音を立て扉が閉まる。そして扉が施錠され、愛しい彼の靴音が遠ざかっていく。

 マーシャが来るまで、まだ時間があるだろう。彼女は夜型で、朝が弱く中々起きる事が出来ないと前に言っていた。もしかすると、まだ眠っているかもしれない。
 彼女が来るまでの間、少しだけでも眠った方がいいだろうか。今も、寝返りを打つたびに船酔いでもしているかの様な眩暈に襲われ、それと同時に僅かな吐き気が込み上げるのを感じた。このままでは、とてもじゃないが外に出られそうに無い。
 肩まで布団を被り、瞳を閉じる。極力何も考えない様頭の中を空っぽにし、ただ眠る事だけに意識を向けた。

 ――だが、一向に眠気はやってこない。どれだけ何も考えない様心掛けても、自然と沸き上がるのは強い不安。
 溜息と共に、瞳を開く。

 リビングの床には、先程落とした筈の朝食の姿は無かった。
 奥に見えるキッチンの台の上に、割れた皿が重ねて置かれている。きっと彼が片付けてくれたのだろう。
 料理を駄目にしてしまった事と、彼の手を煩わせてしまった事への罪悪感が一気に押し寄せる。

 ごろりと仰向けになり、再び溜息を吐いた。
 顔を手で覆い、絡まった糸を解く様に思考を整理する。だが、思考の糸は絡まっていくばかりで全く答えが見えてこない。
 もっと、柔軟に考えるべきなのだろう。難しく考えすぎているのかもしれない。
 今の私は、セドリックの性格や人柄、そして彼への信頼を無視し、勝手に1人であれこれと考え不安に思っているだけだ。
 今日だって、仕事があるのにも関わらず私が目覚めるまで寄り添ってくれて、更には扉が閉まる瞬間まで心配の眼差し向けてくれた。診療所だって、私は街へ何度も足を運んでいる為場所も勿論把握している。だと言うのに、決して1人では行かせようとせず、マーシャを派遣してくれるなどの気遣いをしてくれた。
 普通に考えれば、そんな彼が私を拒絶するとは思えない。そもそも、拒絶する位ならば最初から娶ったりなどしないだろう。

 そんな中、ふと頭に浮かんだのは母の存在。今の私には、母も父も居ないも同然だ。だがもし、今も両親の存在があったとしたら。こんなにも悩む事は、無かったのだろうか。

 母は、自身の胎内に新しい命が宿ったと知った時どの様に思ったのだろう。私が産まれた時、どの様に感じたのだろう。そして父は、私が産まれた事を少しでも喜ばしく思っただろうか。
 謎の多かった両親の事を考えてもキリが無い。どれだけ考えたって、それを確かめる術は無いのだ。

 それよりも今は、モーリスが私をどの様に思っていたのかが知りたかった。
 彼は私が産まれる前から、エインズワース家に勤めていた筈だ。彼は産まれた私を見て、何を感じたのだろう。何を感じて、何を思って、ずっと私に傅いていたのだろう。

 ――モーリスに、会いたい。
 街で彼の気配を感じた時、何故私は彼を追い掛けなかったのだろうか。何故、彼の姿を探さなかったのだろうか。浮かぶのは、後悔ばかり。
 じわりと滲んだ涙が頬を伝う。
 これでは駄目だ。そう頭では分かっているのに、心が弱っている所為か今はまともに考えられそうになかった。
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