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XXXIX 狂いそうな愛情-II
しおりを挟むしんと静まり返ったリビング。彼に隠し事があるからか、そわそわとしてしまい落ち着かない。
何処かおかしな所は無いだろうか。そう思いながら部屋中を見渡した。
部屋の中は、家を出る前から何も変わっていない。変わった事があるとすれば、クラフト紙に包まれた赤い薔薇が一輪置かれている事位だ。
枯らしてしまっては勿体ないと青年から受け取ったは良いが、この家に薔薇を活けられる様な花瓶は無い。
椅子の背もたれに掛けておいたオフホワイトのエプロンを手に取り、それを身に着けながら薔薇をどの様にして活けようかと思考を巡らす。
今この家にある、薔薇を活けられそうな物といえば、昨晩彼が飲み干してしまったスコッチの空き瓶位だ。だが、幾ら枯らせてしまわぬ様にとはいえ、酒瓶に薔薇を活けるにはあまりに見栄えが悪い。それに、植物やインテリアに一切の興味が無いセドリックでも、流石に酒瓶に活ける事は止めるだろう。
だからと言って、この薔薇一輪の為に花瓶を買う気には到底なれない。これを機に毎日花を買い、日替わりで部屋に飾る、なんて事もしなさそうだ。
こんな事になるのなら、受け取らなければ良かった。結局枯らせてしまうのならば意味が無い。
薔薇の花弁も先程の様な瑞々しさは失われ、痛々しくも萎れてしまっていた。
そんな中、ふと遠くから聞こえてきたのは聞き慣れた靴音。着実にこの家へと向かってきているそれは、最愛の夫の物で間違いない。
今日一日私を苛んでいた寂しさや心細さは綺麗さっぱりと消え去り、思考を占拠していた赤い薔薇はセドリックの存在へとシフトする。
ぱっと玄関へ顔を向けたのと同時に、カチりと心地よい音が耳に届いた。ゆっくりと開く扉の奥に見える、整った美しい顔。
「おかえりなさい!」
顔を綻ばせ、身を翻し彼に駆け寄る。そして抱き寄せられるままにその腕の中に収まり、口付けを交わした。
「ただいま。体調、良くなったんだな」
「まだ万全ではないけれど、少し休んだら良くなったわ」
「そうか、大事に至らなくて良かったよ」
彼がふわりと私の髪を撫で、私を抱く腕に力を籠める。そして頬を擦り合わせ、首筋へを顔を埋めた。
今日の彼は少し変だ。普段なら着替えをする為に脱衣所、もしくは疲れた身体を癒すべくベッドへ直行すると言うのに、今日は私を抱いたまま離そうとしない。
「――セドリック?」
彼の肩を軽く叩き声を掛けると、彼が徐に私の背に手を滑らせた。そして首筋にキスを落とすと同時に、エプロンの紐を解く。
思わずあっ、と声を漏らし、緩んだエプロンが落ちてしまわぬ様に手で押さえた。だが、彼はそんなのお構い無しに私の唇に噛み付く。
それは、先程の物とは比べ物にならない程甘く深い。服越しに私の身体を触るその手は官能的に動き、日中の寂しさも相まってかこのまま流されてしまいそうだった。
今日の夕飯には、セドリックの好きな肉料理を用意している。このまま流されてしまっては、その料理も無駄になってしまう。彼の腕の中で身を捻り、なんとか離した唇から「駄目」と一言漏らした。
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