DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

文字の大きさ
上 下
106 / 215

XXX 不安の証拠-III

しおりを挟む


 自宅のベッドの上。僅かに苛立ちが残ったまま、瞳を開く。
 今日はやけに寝付けない。色々と深く、考えていたからだろうか。無意識的に左手の薬指に触れ、溜息を漏らす。

 今は、何時頃だろうか。眠った感覚は殆ど無いが、きっとベッドに入ってからある程度の時間が経過しているに違いない。そう思い、時計を見ようと寝返りを打った。

「――!」

 だが、目に入ったのは時計では無く、最愛の夫の寝顔。いつの間にか、帰ってきていた様だ。
 知らぬ間に、深い眠りにでもついていたのだろうか。彼が帰ってきて、更には同じベッドで眠っていたという事に全く気が付かなかった。
 こうして彼が隣に居る感覚がやけに久しく感じ、鼓動が速くなる。

 壁時計に目を遣ると、深夜の2時半を指していた。コンサートの前日だからか、今日は普段より早めに帰ってきた様だ。
 彼を起こさぬ様に、彼の掌に自らの掌を重ねる。

 あの口論があった後、彼とは1度も会話をしていない。テーブルに突っ伏した私に彼が声を掛けた時、顔を上げていれば良かったのだろうか。
 今から考えてみると、そんな気さえしてくる。

 ゆっくりと身体を起こし、彼の顔を正面から見つめた。不防備な寝顔に、開いたシャツの襟元。白い、首筋。

 ――これは不安の表れか、それとも悪戯心か。

 どちらにせよ、褒められた行為では無い。そんな事、分かっている。
 彼の首筋にゆっくりと顔を近づけ、その白い首筋にキスを落とした。その薄い皮膚を少し口に含んで、食む様に、ついばむ様に、“跡”を付ける。

 私は、彼の様に上手くない。その為、付けた跡は決して美しい物とは言えない。幾ら皮下出血の跡だったとしても、これ程下手な物であれば誰も“所有印”だなんて気付かないだろう。

 彼の、左手の薬指にそっと指を這わせた。当然、指輪は無い。
 彼は私の物だと、証明出来る物が何も無い事が悲しく、じわりと涙が滲んだ。

 夫婦だと書類上で証明されたとしても、私達が愛し合った証は無い。彼は優しく、私を大切にしてくれていたけれど、それだって私が彼を愛している気持ちとは一致していないかもしれない。

 愛とは、一体なんだろうか。

 屋敷に居た頃の愛読書、とある男性に恋焦がれた女性の言葉「貴方が居ればそれでいい」。
 当時はそれを理解していた筈なのに、今の私には彼女の言葉がとても悲しい物に思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...