DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XXVIII 小さな劇場前にて-V

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「アリスにお前の話をしたんだ。そしたら、公演までのお前の6日間を買い取らせて欲しいと」

「随分と勝手だな」

「金なら幾らでも出すと言ってる。頼むよ、セドリック」

 ジャックの懇願に、セドリックは顔色1つ変えない。この様な状況に、慣れているのだろうか。

「悪いが、今回は力になれない」

 素っ気なく告げたセドリックが、ジャックにチラシを突き返した。

「待ってくれ、頼む。もう時間が無いんだ。お前も“あの時”みたいに子供じゃない。勿論、お駄賃程度で済ませようなんて思ってないぞ」

「金が問題なんじゃない。兎に角、俺はやらないからな」

 セドリックが少々乱暴に、私の腕を腕を掴んだ。そして足早にその場を離れようと、掴んだ腕を強く引く。

「待ってくれ!演奏家は散々探したんだ。もう頼れるのはお前しか居ないんだよ」

 今度はジャックが、私の腕を掴んだ。セドリックに掴まれた方の、反対側の腕だ。ジャックの方へ傾いた私の体に、セドリックの表情が歪む。

「エルに気安く触るな。何度言っても無駄だ。仮に300ポンド積まれたとしても、俺はやらない」

 セドリックが珍しく声を荒げ、私の腕を掴むジャックの手を振り払った。

「なんで駄目なんだよ。昔は二つ返事で引き受けてくれたじゃないか!」

「あの時とは状況が違う。お前も言ったように、俺はもう子供じゃないだ。そんな事にいちいち関わっていられない」

 両者共に一歩も引かぬ口論。終わりの見えない不毛な争いに少々嫌気がさし、小さく溜息を吐いた。
 周囲の人達も、何事かと此方に怪訝な瞳を向ける。注目を集める事への不快感もあり、後先考えずに2人の会話に口を挟んだ。

「――私なら、お手伝い出来るかもしれません」

 もう1年もピアノに触れていないが、屋敷では優秀な家庭教師ガヴァネスの元でレッスンを受けていた。課題曲は全て合格クリアし、自由曲でも評価をされる程の腕だ。プロの演奏家に比べれば遥かに劣るが、演奏家が見つからないのなら止むを得ないだろう。

 私の言葉に、2人の口論が止まる。
 集まる2人分の視線に思わず怯んでしまいそうになるが、それでもアリスの想いが潰れてしまうのは嫌だった。
 勿論、大きな舞台での演奏経験も、一度に沢山の譜面を覚えた経験も無い。もしかすると、戦力にはならないかもしれない。だがそれでも、居ないよりかは幾らかマシだ。

 パッと明るくなったジャックの表情。それと相反して、セドリックが顔を青く染めた。

「お前、何言ってるんだよ!」

「だって、このまま演奏家が見つからなければアリスのコンサートは中止になってしまうのでしょう?ピアノにはそれなりの自信があったの。やってみないと、分からないけれど……」

 セドリックの表情が、焦りの混じった物に変わる。

「そうかもしれないが、人だって大勢来るんだ。あまり、目立つ事は……」

 ジャックの手前上か、言葉を濁したセドリックが私の腕を掴んだ。ジャックから少し距離を取り、私に耳打ちをする。

「有名な歌姫なんだろ?お前の両親、もしくは使用人……あとは、知り合いの貴族とか……そんなんが観に来たらどうすんだよ。自ら居場所を公開するような事すんな馬鹿」

「皆アリスに夢中で、演奏家が私だなんて誰も気付かないわ。それに、私だってアリスの歌声をもう一度聴きたいのよ……」

「もう一度……?アリスに会った事があるのか……?」

「会う……というか、父がアリスの大ファンだったの。だから一度公演を観に行った事があって……。確か、マリア・ウィルソンの最後の舞台に」

 私の言葉に、彼の顔が更に青く染まった。

「だったら猶更だ!お前の父親が公演を見に来たりなんかしたら一貫の終わりだぞ!お前自分の状況分かってんのかよ!」

「そんなに怒らなくたっていいじゃないの!だったら、貴方が代わりに出ればいいでしょう?」

「だ、だから、それは出来ないって……!何回言わせるんだよ、物分かり悪い奴だな……!」

 ジャックとの口論を止めた筈なのに、今度は私と彼が口論になってしまった。痴話喧嘩だと思われているのか、街行く人は私達に鬱陶しいとでも言うような視線を投げ掛けてくる。

「あぁ、くそ。なんだよ、面倒くせぇな」

 人から注目される事が嫌いなセドリックが、人目から逃げる様に髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、私に背を向けた。

「分かったよ!やればいいんだろ!」

 セドリックが吐き捨てるようにそう言って、ジャックの手からチラシを奪い取る。

「あぁ、助かるよ!お前ならそう言ってくれると思ってた」

 安堵と少しの疲労を顔に滲ませたジャックが、セドリックの肩を叩きながら笑った。
 ジャックと共に、劇場の中へと消えていくセドリック。その背がどことなく「ついてくるな」と言っている様で、仕方なく劇場の壁に凭れ掛かり彼が戻ってくるのを1人待った。



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