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XXVI 夢の続き-II
しおりを挟む「……お前は人目を避けないといけない存在であって、俺も人目に触れる場所は好きじゃない。だからあの場所を選んだ。それだけだ」
「そうだったの……。でも、それなら同じ家に住んでるのだから、態々教会なんて選ばなくても……」
「……それ、は」
彼が言葉を詰まらせ、口を噤む。
「……セドリック?」
振り返ってその顔を見上げると、彼はばつが悪そうに私から顔を背けた。
皺が寄った眉間に、少々赤みを帯びた顔。その顔に悪戯心が沸き上がり、わざとらしく彼の顔を覗き込んでみる。
すると、彼が私の視界を覆う様にくしゃりと前髪を乱した。
「――お前は、知らなくていい事だ」
告げられたのは、そのたった一言。手を退けられた頃にはもう、彼の顔はいつも通りの無表情に戻ってしまっていた。
「つまらないわねぇ……」
「こんな事に面白さを求めなくていい」
くるりと踵を返した彼が、私から離れベッドの方へと足を向ける。
その背を見ながら、小さな溜息を吐いた。
ふとした瞬間に感じる、心の距離。
想いが通じ合っていると分かってから、私達の距離は大分縮まった。だがそれでも時々、僅かな心の距離を寂しく思ってしまう。
あの言葉を貰ってから、まだたったの3日。それこそ急に心の距離が縮まり、何でも見せ合える様になったら怖い位だ。
今迄はただの同居人という関係でしか無かった。それが進展しただけで充分じゃないか。
そんな事、頭では分かっている。
だがどうしても、心に生まれてしまった寂しさを誤魔化す事は出来なかった。
ベッドの方へと向かう彼を、咄嗟に追い掛ける。
前よりも、距離が縮まっているのは確かだ。なら、この位の事は許される筈。
そう自身を言い聞かせ、彼の背に抱き着こうと手を伸ばした。
「!」
だが、彼の背中に手が触れる直前。
スカートが足を縺れさせる様に絡まり、上手くバランスが取れず身体が前に傾いた。
その瞬間、僅かに感じた既視感。
前にも、似た様な事があった。確か、あれは彼と2人で街に出た時だった筈だ。
彼に駆け寄ろうとして、石畳の凹凸に爪先を引っ掛け転びそうになってしまった。
私はこんなにも、失態を演じる様な人間だっただろうか。屋敷に居た頃は、どれだけ足に合わない靴を履こうが転ぶなんて事は無かった。
自身の注意力が散漫している証拠だ。もっと、気を引き締めなければ。
彼の方へと倒れ込むまでの間に、様々な事が頭に浮かぶ。だがどれだけ考えようと、後の祭りだ。傾いた身体を元に戻す事は出来ない。
ドサリ、と大きな音を立て、無様にも彼の上に倒れ込む。
少し硬い、鍛えられた身体。鼻腔を抜ける、僅かに甘い彼の香り。それ等に鼓動が高鳴るのを感じながらも、慌てて身体を起こそうと床に手を突く。
だが、手を突いた床は妙に柔らかい。ふかふかとした感触に、じわりと嫌な予感が胸の中に広がっていく。
「……随分、積極的なんだな」
自身の頭上から聞こえたのは、揶揄う様な彼の声。その声に、背筋が凍るのを感じる。
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