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XXVI 夢の続き-I

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 夏の温かさが恋しくなり始める10月下旬。現時刻は11時30分。
 早朝から出かけて行ったセドリックの帰りを待ちながら私は、オーブンキッチンの前にしゃがみ込み、朝から作っていたプラムのタルトが焼けていく様を眺めていた。

 森奥の教会でペンダントを貰い、約3日。未だに、あの日の出来事は夢だったのではないかと思ってしまう。
 だがそれが夢で無いと証明してくれるのは、自身の胸に輝くロケットペンダント。それに指先を触れさせながらふふ、と笑みを零す。

 彼と想いは通じ合った。彼も、私を愛していた。
 教会でのあの言葉も、あの抱擁も、キスも。全てが心地良く、胸の中に残っている。

 それに、夢じゃないと証明してくれるのはこのペンダントだけでは無い。あの日以降、彼は別人の様に変わった。
 瞳が交わる回数が増え、私に触れてくれる事も増え、更には愛の言葉も頻繁に囁いてくれるようになった。
 今迄の彼は何処か私との間に距離を作っている様に見えたが、今はそんなもの一切感じられない。この3日間で心の距離が近づき、通じ合っているのだと実感する事が出来た。
 今の気持ちは、“幸せ”なんて言葉では言い表せない。少しでも気を抜けば、直ぐに顔が緩んでしまう程だ。
 
 丁度、タルトの焼き上がり時間を迎えた頃。オーブンからタルトを取り出そうと腰を上げた時、背後で玄関扉が開く音がした。

「あっ、おかえりなさい」

 振り返り、手に書類らしき物を持って帰宅した彼に声を掛ける。
 普段ならちゃんと出迎えをしているのだが、このまま彼の方へ行ってしまえばタルトが焦げてしまう。
 それを彼は察してくれたのか、書類をテーブルに置き此方に歩み寄ってきた。

「火傷するなよ」

「分かっているわ、大丈夫よ」

 焼きあがったばかりのタルトをオーブンから慎重に取り出し、事前に用意しておいたケーキクーラーの上にそっと乗せる。
 甘い物が苦手なセドリックの為に、お砂糖を使わずプラム本来の甘みのみで作ったタルトだ。普通の人の味覚であれば、少々物足りなさを感じる物であろう。
 だがきっと、セドリックなら美味しいと言ってくれる筈だ。そんな期待に笑みを零すと、私の背後から彼がタルトを覗き込んだ。

「此処に来た当時よりも、上手くなったな」

 つまみ食いをしようと、彼の手がタルトに伸びる。
 彼は時々、こうして出来立ての料理を前にするとつまみ食いをしようする事があった。その都度、「お行儀が悪い」等と注意をしていたが、その手を制した事は今迄に無かった。
 だが、今日は駄目だ。このタルトは、“特別な今日の為”に焼いた物。
 彼の手に自らの手を重ねて制し、振り返る。

「……貴方に、美味しいって言って欲しかったから」

 注意の代わりに告げたのは、彼の言葉への返答。
 今迄はこの様な事も、伝える事は出来なかった。面倒な女だと思われたくなくて、ただ只管自分の想いを隠してきた。
 だが、想いが通じ合った今なら言える。それが今は、ただただ嬉しかった。

「……そうか」

 彼の返事は、素っ気なく感じてしまう程短い。
 だが彼の顔に浮かんだ、優しい表情。相変わらず表情が豊かだとは言えないが、胸の中が甘心で満ちていくのを感じる。

「ねぇ、セドリック」

 指を絡ませる様に手を握り、少々甘えた声で彼の名を呼ぶ。

「どうしてあの日、森奥の廃教会なんて選んだの?」

 背後に立つ彼に凭れ掛かると、彼が私を支える様に緩く抱きしめてくれた。
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