90 / 215
XXVI 夢の続き-I
しおりを挟む夏の温かさが恋しくなり始める10月下旬。現時刻は11時30分。
早朝から出かけて行ったセドリックの帰りを待ちながら私は、オーブンキッチンの前にしゃがみ込み、朝から作っていたプラムのタルトが焼けていく様を眺めていた。
森奥の教会でペンダントを貰い、約3日。未だに、あの日の出来事は夢だったのではないかと思ってしまう。
だがそれが夢で無いと証明してくれるのは、自身の胸に輝くロケットペンダント。それに指先を触れさせながらふふ、と笑みを零す。
彼と想いは通じ合った。彼も、私を愛していた。
教会でのあの言葉も、あの抱擁も、キスも。全てが心地良く、胸の中に残っている。
それに、夢じゃないと証明してくれるのはこのペンダントだけでは無い。あの日以降、彼は別人の様に変わった。
瞳が交わる回数が増え、私に触れてくれる事も増え、更には愛の言葉も頻繁に囁いてくれるようになった。
今迄の彼は何処か私との間に距離を作っている様に見えたが、今はそんなもの一切感じられない。この3日間で心の距離が近づき、通じ合っているのだと実感する事が出来た。
今の気持ちは、“幸せ”なんて言葉では言い表せない。少しでも気を抜けば、直ぐに顔が緩んでしまう程だ。
丁度、タルトの焼き上がり時間を迎えた頃。オーブンからタルトを取り出そうと腰を上げた時、背後で玄関扉が開く音がした。
「あっ、おかえりなさい」
振り返り、手に書類らしき物を持って帰宅した彼に声を掛ける。
普段ならちゃんと出迎えをしているのだが、このまま彼の方へ行ってしまえばタルトが焦げてしまう。
それを彼は察してくれたのか、書類をテーブルに置き此方に歩み寄ってきた。
「火傷するなよ」
「分かっているわ、大丈夫よ」
焼きあがったばかりのタルトをオーブンから慎重に取り出し、事前に用意しておいたケーキクーラーの上にそっと乗せる。
甘い物が苦手なセドリックの為に、お砂糖を使わずプラム本来の甘みのみで作ったタルトだ。普通の人の味覚であれば、少々物足りなさを感じる物であろう。
だがきっと、セドリックなら美味しいと言ってくれる筈だ。そんな期待に笑みを零すと、私の背後から彼がタルトを覗き込んだ。
「此処に来た当時よりも、上手くなったな」
つまみ食いをしようと、彼の手がタルトに伸びる。
彼は時々、こうして出来立ての料理を前にするとつまみ食いをしようする事があった。その都度、「お行儀が悪い」等と注意をしていたが、その手を制した事は今迄に無かった。
だが、今日は駄目だ。このタルトは、“特別な今日の為”に焼いた物。
彼の手に自らの手を重ねて制し、振り返る。
「……貴方に、美味しいって言って欲しかったから」
注意の代わりに告げたのは、彼の言葉への返答。
今迄はこの様な事も、伝える事は出来なかった。面倒な女だと思われたくなくて、ただ只管自分の想いを隠してきた。
だが、想いが通じ合った今なら言える。それが今は、ただただ嬉しかった。
「……そうか」
彼の返事は、素っ気なく感じてしまう程短い。
だが彼の顔に浮かんだ、優しい表情。相変わらず表情が豊かだとは言えないが、胸の中が甘心で満ちていくのを感じる。
「ねぇ、セドリック」
指を絡ませる様に手を握り、少々甘えた声で彼の名を呼ぶ。
「どうしてあの日、森奥の廃教会なんて選んだの?」
背後に立つ彼に凭れ掛かると、彼が私を支える様に緩く抱きしめてくれた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。
真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。
地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。
ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。
イラスト提供 千里さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる