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XXV きっと幸せな夢-I

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 押し開いた扉の先。瞳に飛び込んできたのは、息を呑む幻想的な青。
 床にはガラスの破片が散らばり、至る所に蜘蛛の巣が張る廃れた教会だというのに、美しい光を放つ大きな丸形のステンドグラスがある所為かとても美しい場所に思える。

 後ろ手で扉を閉め、ステンドグラスに吸い寄せられる様に、ゆっくりと教会の中へを足を踏み入れた。
 歩く度に、靴の下で細かなガラスが割れる音がする。タイルも所々剥がれてしまっていて、慎重に歩かないと転んでしまいそうだ。
 なのに、私の視線はステンドグラスに奪われたまま。足が取られそうになるのも気に留めず、ぼんやりと美しい光を眺めながら祭壇へと向かう。


「――エル?」


 突如、教会の中に響いた声。その声に、漸く私はセドリックに呼び出されていたのだという事を思い出した。
 祭壇に立てられた十字架の下、そこに立つすらりと背の高い1人の男性。逆光でその顔は見えないが、シルエットから私を此処に呼び出した人物だという事が分かる。
 
「……セドリック?どうしたの、こんな所に呼び出して……」

 転ばない様注意しながら彼の元に駆け寄り、その顔をそっと覗き込んだ。
 今日の彼は、普段のシャツにスラックスといったラフな格好とは違う。始めて彼と出逢った“あの日”を連想させる姿だ。
 ウェストコートとジャケットを身に着け、ネクタイも普段よりきつく締められている。そして肩に付く程の長い髪は、後ろで丁寧に束ねられていた。

 ステンドグラスから差し込む美しい光が、彼の黒いスーツを青色に染め上げる。
 やけに鼓動が煩く感じるのは、彼の姿が普段と違うからか。それとも、この様な美しい場所に2人きりだからか。 
 彼の顔を見つめながらそんな事を考えるが、思考ごとこの空間に呑まれてしまい、それ以上深く考える事は出来なかった。

「此処まで来るの、苦労しただろ」

「……そうね、少しだけ」

 私達を包む、不思議な空気。普段は深く考えずとも出来る会話が、今は何故だかぎこちない。

「暗い森だという事は聞いていたが、此処までだとは思わなかった。……その、悪かったな。こんな所迄来させて」

 彼の様子も普段と大きく異なっていて、鼓動は更に早くなる。彼の顔を直視する事が出来ず、思わずその場に俯き「大丈夫」と短く返した。

 ――流れる沈黙。
 話したい事や聞きたい事は、山程ある。何故私を今日此処に呼び出したのか。いつからここで、私を待っていたのか。
 なのに、喉奥から声が、言葉が何も出てこない。

 不思議だ。場所一つで、此処までも上手く話せなくなるなんて。
 何か話し出すきっかけは作れないだろうかと、働かない頭を必至に回す。

 だが、その沈黙は彼の短い言葉が遮った。

「――手、出せ」

 突然の言葉に思考が追い付かず、思わず「手?」と問い返す。
 彼は相変わらず無表情のままだ。私の問いに肯定の言葉は無く、頷く事すらもしない。
 
 何も答えないのならば、従うしか無い。
 疑問を抱きながらも、怖ず怖ずと彼の方へ右手を差し出した。

 その手に、ふわりと重なるセドリックの手。そして、冷たく重みのある“何か”が掌に落とされた。
 この感触に、憶えがある。何処かで触れた事のある物だ。
 どれだけ考えてみても、頭に浮かぶのは“あれ”だけ。だが、それを彼が持っている筈が無い。

 僅かに震える右手の上から、彼が手を退かした。
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