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XXIII あの日によく似たティータイム-III
しおりを挟む「そういえば、セディから何か言われた?」
「……何かって?」
齧ったビスケットを飲み込み、怪訝な視線を彼女に投げる。
「何かは何かだよ。……まぁエルちゃんの様子を見るに、セディは何も言ってないんだろうけど……」
「どういう事?セドリックは何か、私に思っている事でもあるの?」
そういう訳では、などと言い淀み、彼女がわざとらしく私から視線を外す。
彼が私に思う事。思い当たる節は、この前の丘での出来事だ。
もしや、膝枕をしてしまった事や、「私が居るから大丈夫よ」なんて言ってしまった事を不服に思っているのだろうか。
考えてみれば、丘から帰ってきてから彼は様子が変だ。話し掛けても何処か上の空で、夜もあまり眠れていない様だった。
「エルちゃんって、可愛いね」
悶々と考えている私を見て、マーシャがくすりと笑う。
「――な、何が……?」
人が必死に言葉の意味を考えているというのに、それを笑うだなんて失礼だ。むっとした顔で彼女に問い返すと、「別に何も」と含みのある言葉が返ってきた。
「エルちゃんはセディの事、大好きだもんね?」
丁度、ティーカップに口を付けた瞬間。爆弾の様な言葉を投げ込まれ、思わず口に含んだ紅茶を噴き出しそうになってしまった。
慌てて口元に手を遣って誤魔化し、様々な感情を込めた瞳でマーシャを見つめる。
「あれ?違った?」
テーブルに頬杖をついて私を見る彼女は、まるで新しい玩具(おもちゃ)を見つけた子供の様な顔をしている。
自身の動揺を悟られまいと咳払いをし、そっとカップをソーサーに置いた。
「何故、いきなりそんな事を…?」
彼女は、私自身が恋に気付く前からセドリックへの想いに気が付いていた。
どことなくそれを仄めかす様な発言をされた事は過去に何度かあるが、今の様に包み隠さず“好き”かと問われたのは初めてだ。
セドリックが私に何を思っているのか、マーシャは知っているのだろうか。彼女はセドリックの事を“分かりやすい人”だと言っていた。その心中を見抜いていてもおかしくは無い。
「いや、特別何かある訳じゃないんだけど。ただ2人はいつになったら結ばれるのかなぁって思って」
今の彼女は、まるで読書の感想を述べているかの様だ。傍から見ればきっと、恋愛小説を読んでいる感覚でしかないのだろうが、当事者である私にとってはそれ程簡単な事では無い。
マーシャの口ぶりからするに、恐らく私はセドリックから嫌われている訳では無いのだろう。もしかすると、多少好かれている部分もあるのかもしれない。だが、それは彼本人から直接聞いた訳でも無ければ、マーシャがはっきりとそれを言った訳でも無い。
もし、私がセドリックに想いを告げたとして。
それをセドリックが拒絶したら、私達の関係は全て崩れてしまう。同居人で居る事すら、難しくなるだろう。
そうなれば私は、失恋に傷付くだけでなく居場所迄も失ってしまう。
そんな危険を冒してまで、想いを告げるなんてことは出来ない。
「……結ばれる事を願うのは、貴女だけじゃないのよ」
嘆く様に呟き、深く溜息を吐いた。
――それから約1時間、ティータイムは続いた。彼女が私に壁を見せたのは両親の事を尋ねた時のみで、その後は普段と何も変わらない、明るく愛嬌のあるマーシャだった。
セドリックとの事も深く聞かれる事は無く、彼女はいつもの様に名残惜しそうな顔をしてこの家を去っていった。
静かになった家の中で1人、ぼんやりと先程の事を考える。
“知らなくていい事”
彼女が放ったその言葉は小さな棘の様で、思い出す度胸がチクチクと痛む。
確かに、彼等の過去を私が知る必要は無い。それに、私の過去や両親の事を、彼等に知られる事も好ましい事だとは言えない。
だが、それがどれだけ些細な事であったとしても、彼の事であればなんだって知りたい。彼の全てを、把握していたい。
――いや、この感情はそんな言葉では言い表せないだろう。
過去を見る事も、知る事も出来ない事は分かっている。だが、マーシャは知っていて、私は知らない。たったそれだけの事なのに、嫉妬に気が狂いそうだ。
つくづく思う。
私はいつから、これ程までに欲深くなってしまったのだろうと。
屋敷に居た頃は、此処まで何かを欲した事など無かったのに。
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