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XXII 止められない嫉妬心-V
しおりを挟む「…エル?」
丁度、髪から頬へと手を滑らせた時。彼の瞳が微かに開き、譫言の様に私の名を呼んだ。
この状況を認識しているのかしていないのか、彼の手が私の手に重なり、まるで子供の様に頬擦りをし再び瞳を閉じる。
「――おはよう、セドリック」
手に彼の熱を感じながら、ぎこちなくも声を掛ける。
まさか彼がこんな事をするなんて、全く想像していなかった。張り裂けそうな程心臓は高鳴り、顔には熱が溜まる。
「魘されていた様だけど、大丈夫?起こした方が良かったかしら」
「……いや、大丈夫だ。……少し、嫌な夢を…」
彼の顔色は悪く、私の手に重ねたその手も冷え切っている。呼吸も乱れ、再び開かれた瞳は僅かに揺れていた。
募る心配が、高鳴る鼓動や帯びる熱を静めていく。
今までに、彼が寝起きに「夢見が悪い」などと訴えた事は多々あった。だが、彼は毎度それを特に気に留めていない様子であった為、“夢はただの夢”だと割り切れているものだとばかり思っていた。
そんな彼が、悪夢に此処まで心を乱されているだなんて。意外性を感じながらも、空いた親指で彼の頬を撫でる。
「――悪い、もう少し、このままで…」
私の掌に頬を寄せたまま、彼は私の膝の上から動こうとしない。
――彼に、頼られている。心を埋め尽くす甘心に、思わず緩んでしまった口元を誤魔化す様にゆっくりと息を吐いた。
だがそれと同時に沸き上がる、下らない不安と嫉妬。
今迄彼は、酷い悪夢に魘された時誰を頼っていたのだろうか。今の私が居る場所に、別の人物が居たのだろうか。
例えば、長年共に過ごしていたマーシャなら。今の様に弱った彼の姿を、見慣れているのではないか。
そして彼も、マーシャの膝枕で眠る事に慣れているのではないか。
彼を支配する悪夢の様に、それ等の考えが私の思考を占拠する。
私も、彼の心を自由に操る事が出来たら。彼の心の中を、自由に覗く事が出来たら。
少しは彼を、振り向かせる事が出来るのだろうか。
未だに、そんな事を考えてしまう自分に嫌気が差す。
マーシャはセドリックに、何の感情も抱いていない。セドリックも、マーシャをただの家族の様な存在としてしか見ていない。2人の間に、決して“恋”や“愛”なんてものは存在しない。
そんな事分かり切っているのに、何故こんなにも、心が乱されてしまうのか。彼の全てを、独占したいと思ってしまうのか。
「――セドリック」
自身の中を渦巻く嫉妬を掻き消す様に、穏やかな口調で彼の名を呼んだ。
私と視線を交わらせる彼に優しく微笑みかけ、空いたもう片方の手で彼の髪を撫でる。
「――夢はただの夢」
いつの間にか私は、とても強欲な人間になってしまった。
気が触れそうな程彼を独占したい気持ちと、ほんの少し病んだ心。そんな中でも、こうして彼に触れている事に喜びを感じている。
「――私が居るから、大丈夫よ」
自身の中に、幾つも存在する感情。それを上手くコントロールする事が出来ないのは、私が“恋”を知らなかったからなのか、それとも強すぎる独占欲がそうさせているのか。
彼に触れたい、彼を自分の物だけにしたい。彼の瞳に、自分以外の人間が映るだなんて許せない。いっそ、彼をこのまま自身の中に閉じ込めてしまいたい。
知らず知らずのうちに溢れ出た欲は、自覚した頃にはもう既に歯止めが利かなくなっていた。
ああきっと、今彼に向けている笑顔は今迄で一番醜い。嫉妬心に塗れ、独占欲のままに見せた微笑みは彼の瞳にどう映っているのだろうか。
出来る事なら、彼には綺麗な私を見せていたかった。恋も嫉妬も独占欲も知らない、無垢な私を。
だがもう、一度知った感情は無かった事には出来ない。
彼の手が、徐に此方に伸ばされた。その手は私の頬に触れ、そして優しくなぞる様に撫でる。
その手の感触はやけに扇情的で、無様な程に顔に熱が帯びるのが分かった。
マーシャから借りた本。それは、貧困層の女性と、貴族の男性が恋に落ちる恋愛小説だ。
胸の高鳴りや想い人との会話に喜びを感じる描写よりも、嫉妬や独占欲などの醜い感情を細かく描写したその本は、やけに私の心を刺激した。
――そういえば、その本の中にとても印象的な言葉があった。それは今の私の気持ちにぴったりな言葉であり、とても共感できるものである。
“貴方を、私の傍から離れない様に鎖に繋いでおけたら、きっと楽になれるのに”
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