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XXII 止められない嫉妬心-III

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 ゴールドのインクで書かれた、手本の様に美しく綺麗な文字。
 それは屋敷にいた頃お世話になっていた家庭教師ガヴァネスの文字を連想させる。彼女達が書く文字も、このカードに書かれた文字の様に癖が無く、美しい文字だった。

 随分と仰々ぎょうぎょうしい見た目をしていた為、一体どんなメッセージが書かれているのかと身構えてしまったが、裏返してみても、光に透かしてみても、書かれているのはたったのこれだけ。
 全く意味が理解できないメッセージだ。カードの最後に書かれた差出人らしき名前も、憶えの無い名前である。

 少々気味は悪いが、きっと誰かの悪戯いたずらであろう。送る相手を、間違えたのかもしれない。
 ――と、普通の人ならば思うかもしれない。メッセージの内容も、きっと直ぐに忘れてしまうかもしれない。

 だが、私はそれをただの悪戯だと思う事は出来なかった。
 この手紙がポケットに入れられた日に、確証は無い。恐らくあの日であろう、といった曖昧な物でしかない。
 しかし本当に、私が初めて街に出たあの日だったのなら、これは決して無視出来ない手紙だ。

 “Elle Burtonエル・バートン

 あの日、私がその名前を口にしたのはたった1度だけ。ライリーと初めて会話を交わした時だけだ。
 それを周囲で聞いていた人物も居なかった筈。
 それに、その名前はあの瞬間咄嗟に口にしたものだ。ライリーに名を尋ねられるまで、私はモーリスに“名を貸す”と言われた事すら忘れていた。

 この、メイベル・バルフォアという人物は何故、あの時点で私の名前を知っていたのか。
 非現実的であり、どれだけ考えても説明が出来ない。背に冷汗が伝い、妙な寒気がする。

 過去に読んだ怪奇話ばかりを集めた本よりも、この手紙の方が余程怖い。逃げる様に手早くカードを封筒の中に仕舞い込み、少々乱暴に本の間に挟んだ。

 この様な怪奇現象に、自身が巻き込まれた事は過去に一度も無い。故に、対処法も分からない。
 燃やしてしまい、無かった事にした方が良いのだろうか。だが本当にこれが怪奇的なものなのであれば、燃やしてしまえば不幸に見舞われそうだ。
 しかし、こんな物を長く持っているのも気分が悪い。
 メッセージの意味を深く考えるべきか、それとも早く忘れてしまうべきか。本の表紙を撫でながら、溜息を吐いた。

「……うぅん」

 自身の溜息と重なった、小さな唸り声。隣に視線を向けると、眠る彼の額にはうっすらと汗が滲み、その表情は歪んでいた。
 嫌な夢でも見ているのだろうか。芝生に手をつき、そっと音を立てず彼に近づく。


「――なんで…」

 
 穏やかな風に混じる、掠れた声。それは目の前の彼が呟いた言葉の様に聞こえたが、普段の声とは大きく異なる弱々しい声だ。本当に彼の声だったのだろうかと、思わず自身の耳を疑ってしまう。

「…セドリック?」

 彼の顔は長い前髪で隠れ、此処からでは起きているのかも確認出来ない。顔を覗き込み、囁き掛ける様に彼の名を口にする。
 そしてそのままじっと寝顔を見つめていると、唇が僅かに開き、再び言葉が漏れた。


「――なんで……――さん…」


 確かに、言葉に合わせて動いた唇。だがその声はあまりに小さく、風が木々を揺らす音に掻き消された。
 本来ならば、それは耳に心地よく届く筈のものだ。なのに、今は彼の言葉を攫ってしまったそれらが少し恨めしい。

 彼は今、“誰か”の名を呼んだ。
 その人物は、彼の夢の中に現れ、彼の心を奪い去っていく。決して私では無い“誰か”。
 もやもやとしたもどかしい気持ちに苛まれ、思わず彼のジャケットを強く掴んだ。

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