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XXI 私と重なるその姿-II
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ストール越しに感じる風は、少々肌寒く感じるものの柔らかく心地が良い。
住宅街という事もあり、人通りも疎らで散歩をするには最適だ。
屋敷を抜け出してからもうすぐ半年が経つが、キースと街で出会った事以外には何も無い。両親が、私の存在を探していない事も分かった。
両親は、私を恨んでいるだろうか。それとも、もう忘れてしまっただろうか。どちらにせよ、私は2人を裏切ってしまった立場の人間だ。どんな事があろうと、私が両親を、あの家を恨む事は出来ない。
ぼんやりと屋敷に居た頃の事を思い出しながら、住宅街の奥地へと進んでいく。
所々に張られたロープには服やタオルなどの洗濯物が干され、路地裏では小さな子供達が楽しそうに遊んでいる。
セドリックや私の暮らしに比べたら貧相な暮らしをしている人達が多いが、それでも私の瞳には彼等がとても幸せそうに映っていた。
それ等を見ていると自然と笑みが溢れ、頭の中を回っていた屋敷での記憶も薄れていく。
そんな中、ふと視界に映った黒い影。
進んだ足を数歩後ろに戻し、影が見えた方向に目を向ける。
そこは、建物と建物の間に出来た細い隙間。主に、家庭ゴミ等が詰まれている場所だ。だが確かに、その中に大きな影の様な“物体”が揺れていた。
普段なら、気にも留めず素通りしてしまう事だろう。だが何故だか、今はそれが猛烈に気になった。少々悩んだ結果、その隙間へと足を向ける。
人が1人通れる位の隙間しか無いこの場所は仄暗く、更にはゴミの臭いが立ち上っていて住宅街の穏やかな空気とは大きく異なっている。
卸したばかりの大切なストールに、臭いが移ってしまったら大変だ。一瞬、その物体を確かめずに来た道を戻ろうかとも考える。
だがそれでも、その物体への興味が失せる事は無かった。止めかけた足を再び動かし、奥の方へと進んでいく。
そして漸く辿り着いた物体の前。薄汚れた布が被せられたそれは、先程の様に動いていない。
私の、見間違いだったのだろうか。それとも、猫などの動物がゴミを漁っていた際にそれが動いて見えただけか。
どっち道、その布を取ってみないと分からない。少々の恐怖心を抱きながらも、その布に手を伸ばした。
「――あっ!」
手が布に触れる直前、突如強い風が吹き抜けた。
その拍子に大きく捲れ上がった布。
目に入った布の下の正体に思わず声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。
物体の正体は、私と然程歳の変わらない女性。――の様な何か。
所々汚れているもののその肌は白く、閉じられた瞳から生える睫毛は長く美しい。微動だにしないその女性は、まるで人形の様だ。とても息をした人間には見えず、思わず“それ”に顔を近づける。
「――何?」
その場に響いた、少し高めの女性の声。自身の動作がぴたりと止まる。
まるで彫刻の様なその女性の瞳がゆっくりと開き、覗かせたのは美しいヘーゼルの瞳。
「――死体、だと思った?」
私の姿を捉え、彼女がきつい口調で吐き捨てる様に言った。その問いに答えられず口籠ると、彼女が自嘲気味に笑う。
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