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XVIII 嵐の夜-V
しおりを挟む抱き着いたのか、ぶつかったのか、自身でも分からない。だが気が付けば彼の濡れて肌触りの悪いジャケットを掴んでいて、冷たいシャツに額を押し付けていた。
そのままぐらりと身体が傾き、どさりと大きな音を立てその場に倒れ込む。
「……ごめんなさい」
咄嗟に彼を押し倒してしまった事に気付き、慌ててその言葉を口にする。だが自身の心の内の不安は取れず、上半身を起こした彼に、再び縋りつく様にシャツを掴んだ。
彼の膝の上、下着が見えそうな程にスカートは捲れ上がり、冷たい空気に素足が晒される。はしたないと分かっていながらも、それでも今は、彼と共に居たかった。彼と、離れたくなかった。
「――暗い所が苦手で」
口にした、本心とも言い訳とも取れる言葉。思考は状況に追いつかず、この先の事など何も考えられない。
ただ、暗闇に目が慣れ始めた中、彼と絡み合った視線に鼓動を高鳴らせる。
透き通る様な肌に、端正な顔立ち。暗闇に浮かぶ、宝石の様なローズレッド。
彼の顔はいつ見ても美しく、まるで童話に登場する王子様の様で。欠点の無いその顔に、思わず息を呑んだ。
何処の国の物語だったか。有名な童話の1つである、灰被りと呼ばれた憐れな姫の物語。
継母とその連れ子である姉2人に虐められるが、彼女は魔法の力を借りて素敵な王子様と出逢った。午前0時の鐘の音が、魔法が解ける合図。沢山の試練があった物の、彼女は無事王子と再会し素晴らしい結末を迎えた。
その物語を、屋敷の書斎で何度読み返した事か。メアリーにも笑われてしまう位、私はその本を何度も読んでは美しい物語だと感嘆を漏らした。
王子様と出逢って、妃になりたかった訳じゃない。
沢山の女性の中から、自分1人が選ばれたかった訳じゃない。
ただ私は、自分が心から愛せる人を、自分を心から愛してくれる人を、ずっと探し求めていた。
優しいモーリスとも違う、可愛らしいメアリーとも違う、“最愛”を。
そして私は、セドリックを愛してしまった。恐らく、屋敷のバルコニーで、彼を一目見た時から。
愛した相手に、自分も同じ様に愛されたいと思うのは当然の事。彼が私を愛してくれるのならばなんだって出来る。それこそ、“悪い事”だって。
「……1人は嫌なの」
彼の瞳を真っ直ぐに見つめ、乞う様に呟く。
「……1人に……しないで」
彼のその瞳も、白い肌も、香りも、甘く低い声も、細身でいて鍛えられた身体も、彼の体内を流れる血液さえも、全てが狂おしく、愛おしい。
彼が手に入るのなら、どんな罪を背負ったって構わない。心から、彼が欲しい。
「……エル」
彼の腕が腰に回り、私が欲するその声で、私の名が呼ばれる。
熱の籠った声は、私の脳をどろどろに溶かしてしまいそうな程に甘い。
「……俺が、傍に居るから」
耳を伝う声、言葉。彼の手が項に触れ、こつりと額が合わさる。
合わさった額から彼の体温が僅かに伝わり、吐息が触れ合う距離にくらりと眩暈がした。
彼のその言葉に、期待してしまっても良いのだろうか。彼を望んでも、良いのだろうか。
ゆっくりと近づく顔に、ぎこちなくも瞳を閉じる。
触れたかったその唇が、自身の唇に重なるまであと少し。
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