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XVIII 嵐の夜-III
しおりを挟む「……おかえりなさい」
ふらりと家の中へ入ってきたセドリックに、怖ず怖ずと声を掛ける。
黒のスーツは水を吸って色が変わり、シャツはぐっしょりと濡れ肌に張り付いていた。掻き上げられた髪からは水が絶えず滴り、靴は足を傾ける度に水が溢れ出している。
多分に水を含んだスーツが重たいのか、セドリックは何処か気だるげだ。今の彼を一目見て、外の嵐がどれ程酷い物なのか十分に理解出来た。
そんな事よりも、早くタオルを渡さなければ。
慌てて彼に駆け寄り、胸に抱いていたタオルを差し出す。
先程幼少期の事を思い出してしまったからか、それとも最近の彼の態度が余所余所しいからなのか、何故だかいつもの様に笑顔を作る気になれない。それに、今の彼は全身ずぶ濡れであり、笑顔は不相応だ。だが、無表情で居るのも可愛げが無いだろうか。
そんな事を考えながら、ガシガシと乱暴に濡れた髪をタオルで拭いている彼をぼんやりと見つめる。
「寒かったでしょう。……夕食よりも、お風呂が先の方がいいかしら」
なんとなくその場の沈黙がつらく感じ、独り言を漏らす様に彼に問い掛ける。
だが彼からの返事は無く、バツが悪そうに顔を歪め私からふいと顔を背けた。
「……」
チクリと胸が痛み、言い難い感情に苛まれる。
彼に、嫌われたくない。今迄の関係に戻りたい。
だけど私に何か思う事があるのなら、何か問題があるのなら。そんな風に顔を逸らすのでは無く、直接言ってくれれば良いのに。
不安と苛立ちが混ざり合った感覚に、私も同じ様に彼から顔を背けた。
再び窓に近寄り、外を眺める。
嵐は酷くなる一方で、治まる気配は無い。雷雲は更に近づき、家の真上の雲はゴロゴロと唸る様な不穏な音を鳴らしている。
昔、立ち木に落雷し、その所為で火災が起こったと新聞で読んだ事があった。その他にも、落雷の際に起った突風で窓ガラスが割れてしまったり、飛び散った木の破片が窓を突き破ったりなどなど。自身の力で防ぐ事が出来ないだけに、自然災害は恐ろしい。
念の為、カーテンはしっかりと閉めておいた方が良いだろう。もし万が一窓ガラスが割れてしまっても、カーテンさえ閉めておけばガラスが散らばるのを防ぐ事が出来る。
頭の中を回る最悪の事態を掻き消す様に、僅かに開かれたカーテンを強く引っ張った。
「……?」
だがそのカーテンは閉まる事無く、まるで誰かが反対側から掴んでいるかのようにピンと突っ張った。カーテンを大きく捲り、一体何が妨げているのかとその先を覗き込む。
そこで目にしたのは、閉まった窓に挟まっているカーテンの裾。恐らく、最後に窓を閉めた際にカーテンを巻き込んでしまったのだろう。
これでは、綺麗なカーテンが雨や風の所為で汚れてしまう。そんな事になれば、またセドリックと距離が開く原因になってしまうかもしれない。何とかして、カーテンを閉まった窓から外さなければ。
妙な焦燥感から、カーテンの裾を掴み強く引っ張った。だがしっかりと窓が閉められている所為で、巻き込んだカーテンはびくともしない。これは、一度窓を開かないと外す事は出来なさそうだ。
外では雨も風も酷いが、全てに波があり、ふと治まる瞬間がある。その瞬間を狙えば、窓を開けても然程被害を被らないのではないか。
顔が付きそうな程窓ガラスに近付き、外の様子を伺いながら窓の鍵に手を掛ける。
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