DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XVII 恋の意識-III

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 木箱の中に入っているのは、包帯やガーゼ、消毒液だと思われる透明な液体が入った小瓶等々。怪我の手当に必要な物が入った箱なのだという事はすぐに分かる。
 だが私の怪我はほんの小さな切り傷であり、手当をする程の物ではない。それに、もう出血は止まっている為手当の必要も無かった。

「あの……怪我は大した事無いから……」

「大した事無いかどうかを決めるのはお前じゃない」

 私の言葉をぴしゃりと跳ね返し、彼が徐に箱から銀の小鋏と掌程の大きさのガーゼを取り出した。
 それを慣れた手付きで小さくカットし、次に取り出したのは高さの低い小瓶。その瓶の中には“薬剤であろう何か”が入れられているが、濁った緑色をしていてとても美しい物だとは言えない。

「それは何?」

「昔、マーシャが診療所で貰って来た薬だ。感染症を防ぐとかなんとかで、傷の治りも早くなるらしい」

「そう……貴方も良く使うの?」

「俺は怪我をする事が無いから殆ど使わないな。怪我の多いマーシャを見兼ねて医者が渡したらしいが、何故か俺に押し付けられた」

 開かれた小瓶からは、薬草特有の青臭いにおいが立ち上っている。それはやや鼻に突く程度で、時間が経てば慣れる物ではあるが、恐らくマーシャはこの臭いを嫌ったのだろう。
 セドリックにこの薬剤を押し付けるマーシャの姿は易々と想像が出来た。

 彼がその薬剤を人差し指で掬い取り、切ったガーゼに満遍なく塗り広げていく。
 その姿に、ふととある事が頭に浮かんだ。

 彼は何故、私の怪我に気が付いたのだろう。指先の怪我など、その人をよく観察していないと気付けない筈だ。
 少し前にマーシャが、セドリックは人の事を全く見ておらず髪型を変えても気付かない、と嘆いていた事を思い出す。もし彼が本当にそういう人なのであれば、私の傷だって気付く筈が無い。もし気付いたとしても、それを口に出し、更には態々わざわざ食事中に席を立って迄手当をしてくれるだなんて考えられない。
 それこそ、相手が特別な人で無い限り。
 
 ――彼は私の事を、注意深く見てくれていた?私は、彼にとって特別な人だった?
 そう考えてしまうのは、自惚れだろうか。
 
 再び私の手を取った彼が、薬剤を塗った面を下にして、ガーゼを傷口に貼り付けた。そのひやりとした薬剤の感触も、自身の上がる体温で直ぐ様掻き消される。
 握った手から、自身の高鳴る心音が彼に伝わってしまいそうだ。徐々に顔も熱を帯びていき、発熱時の様に頭がぼんやりとしてくる。

 ガーゼを押さえながら丁寧に包帯を巻いていく彼の手は、普段の棘のある言葉を吐く人だとは思えぬ程に優しかった。それがとても心地よくて、ずっとこうしていたくなってしまう。
 だが時間はあっという間に過ぎてしまい、気が付けば包帯は綺麗に巻きあがっていた。
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