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XVII 恋の意識-II
しおりを挟む「――ん?」
不意に、彼が疑問符の付いた声を漏らした。その声に釣られ、彼に視線を向ける。
「――お前、指どうした」
「指……?」
鸚鵡返しに問い、自身の指に目を遣る。
だがそれよりも早く、彼がフォークを持ったままの私の手を掴んだ。そしてやや乱暴に引き寄せ、私の指先に視線を注ぐ。
彼の視線の先である人差し指の側面には、私がつい先程うっかりナイフで切ってしまった傷があった。手を動かす度にフォークの柄が傷に当たって痛みを感じていたが、自分自身では然程気にしていなかった物だ。
「料理中の怪我か」
「――えっと……」
一般的に、料理中に怪我を負う事は不衛生だと思われる事が多い。屋敷でも、怪我を負ったシェフは完治するまで調理からは外されていた。
だが私の場合、指を切ってしまったのはナイフ等の調理器具を片付けている時。衛生的な話をすれば、問題は無い筈だ。
しかし、その場に居なかったセドリックには分からない事。片付け中の出来事だと言ったところで言い訳にしか聞こえないだろう。
曖昧に言い淀み、彼の手から逃れようと腕を引いた。
「――怪我、したんだったらすぐに言えよ」
呆れた様に、将又苛立っている様に。彼が大きな溜息を吐いた後、私の手を離した。
そしてガチャリと音を立て、ナイフとフォークを皿に置き、席を立つ。
「――あ、あの、セドリック?」
食事中に席を立つなんてお行儀が悪いと、私は小さな頃から教え込まれていた。それに席を立つ事は“食事を終わらせる”事と同義だとも。
彼の皿には、まだ半分以上も残ったパイが乗せられている。怪我をした人間が作った不衛生な料理など、食べたくないという意思表示だろうか。
だが、彼が向かっていくのは“物置”と言われていた2階。
その不可解な行動に疑問を感じながらも、ぼんやりとパイを眺めながら1人彼が戻ってくるのを待った。
――丁度、彼が2階へ消えてから1分程が経過した頃合いだろうか。
突如ガタガタと響き渡る、物が倒れる音や、何かが散らばる音。天井が抜け落ちてしまうのでは無いかと思う程の騒音に、思わず天井を見上げる。
だが間も無くして、その騒音はぴたりと治まった。
今のは一体何だったのだろうか。増していく疑問を抱えながら、2階から降りてきた彼に視線を向ける。
彼の手に持たれているのは、銀の取っ手が付いた木箱。中に何が入っているかは、話の流れからすると大体察しが付く。
だがそれよりも目に付いたのは、埃を被った彼の姿だった。
この家に来てから、2階には1度も足を踏み入れていない。その為、私は2階の物置がどの様な場所なのかを把握していない。入ろうと思えば入れる場所であり、特別入るなと言われている訳でも無かったが、それでも2階へ行く事が無かったのは人のテリトリーには必要以上に踏み入りたくないというのが大きな理由だ。
しかし、雪が降ったかのように白くなった黒髪に、煤でも付いたのかと思う程所々黒く汚れているシャツを見ていると、そんな2階の有り様に興味が湧いた。
「――貴方、一体何を……」
げんなりとした顔の彼に問いかけるが、彼から返事は無い。
彼はただ黙ってその木箱をテーブルに置き、留め具を外し蓋を開いた。
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