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XVI 私を救う貴方の声-III
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触れそうな程顔を近づけて、囁かれた言葉。
――死ぬ。
明確に口に出されたその言葉に、一瞬で血の気が引いた。
ドレスの下の足は震え、瞳にはじわりと涙が浮かぶ。
「下層階級の女を攫って試してみようと思っていたんだが、丁度良かった。君が怯えて泣く顔を、あの晩からずっと見てみたいと思っていたんだ」
先程迄の残念そうな表情は何処へやら、彼は嬉々とした顔で私の口を塞ぐ手に更に力を籠める。
これは天罰だろうか。
望まぬ結婚は、女であれば仕方のない事。上流階級に生まれてしまったのだって、全て仕方のない事だ。
なのに私はそれから逃げ出して、自由になろうだなんて、そんな事を夢見たから。
最初から大人しくこの男の妻になって居れば、少なくても命を落とす事など無かったのだろう。
――いや、違う。
何を今更“死”に恐怖など抱いているのだろうか。私は1度、自死を選ぼうとしたというのに。あの時、死ぬ事に安堵していた筈なのに。
では、この恐怖心は一体何に対しての物なのか?
「――妻であれば、ある程度は大切にしなくてはならないと思っていたが、ただの下層階級の女であればそんな慈悲など必要ない。君を傷めつける事だって、死なせてしまう事だって、何も問題は無いんだ」
恍惚とした表情を浮かべた彼の、興奮を感じさせる声が耳奥にこびりつく。その所為で、思考が上手く動いてくれない。
今頃、セドリックはどうしているだろうか。私が居なくなった事に、気付いてくれただろうか。
あの時私を抱き留めてくれた様に、私を探しに来てくれたら、それ程に嬉しい事は無いというのに。
「さぁ、行こう。“僕の城”に」
彼が口の前で指を立て、私からそっと手を離す。
――あぁ、そうか。
漸く、この恐怖心の意味を理解する事が出来た。
あの晩、バルコニーで抱いた絶望とは違う感情。
私は、拘束されたくない訳では無い。自由を失いたくない訳でも無い。
私は、ただ――
「――エル」
耳に届く、私を呼ぶ心地よい声。
「――こんな所に居たのか、探したぞ」
確認せずとも分かる声の主に、張り詰めた糸が緩む様な安堵感を覚えた。
今迄聞いた中で一番優しくて、一番穏やかなその声に、瞳に滲んだ涙が溢れ次々に頬を伝う。
「なんだ男が居たのか、つまらないな」
彼が舌打ち交じりに呟き、私から距離を取った。それとほぼ同時に、私が望んだ人物――セドリックが私と彼の間に割って入る。
「私の妻が、何かご無礼でも?」
セドリックが変わらぬ穏やかな口調でキースに尋ねながら、私の肩を強く抱き寄せた。
その手の強さは、私の口を塞ぐキースの手と同じ。なのに、痛みを感じるどころか何処か心地よくて、恐怖に早鐘を打つ鼓動も徐々に落ち着いていくのを感じた。
「あぁいや、彼女には道を尋ねていただけだよ」
キースが白々しく、セドリックの問いに答える。セドリックも彼の言葉が嘘だと悟ったのか、私の肩を抱く手に力を籠めた。
「だがどうやら、彼女を怖がらせてしまった様だね。すまなかった」
何がおかしいのか、キースがふふ、と笑みを零す。その笑みはとても紳士的だが、先程の会話の後に見るととても正常な物だとは思えなかった。
一刻も早く、此処から離れたい。でないと、セドリック共々キースに食べられてしまいそうだ。
そんな恐怖心から、セドリックのシャツの裾をくい、と引っ張る。
「――そうでしたか。それは失礼しました。では、私達はこれで」
私の思いを汲んでくれたのか、彼がキースに会釈をし私の腕を引いた。
先程よりも、ずっと歩幅が合わない。半ば引き摺られる様に、彼に腕を引かれるまま覚束無い足で着いていく。
すれ違い様、キースがポツリと何かを呟いた様な気がした。その瞬間、セドリックが今までに無い程の鋭い視線をキースに向ける。
だがキースは、まるでもう私達に興味を無くしたとでも言うように、馬車へと戻っていった。
――死ぬ。
明確に口に出されたその言葉に、一瞬で血の気が引いた。
ドレスの下の足は震え、瞳にはじわりと涙が浮かぶ。
「下層階級の女を攫って試してみようと思っていたんだが、丁度良かった。君が怯えて泣く顔を、あの晩からずっと見てみたいと思っていたんだ」
先程迄の残念そうな表情は何処へやら、彼は嬉々とした顔で私の口を塞ぐ手に更に力を籠める。
これは天罰だろうか。
望まぬ結婚は、女であれば仕方のない事。上流階級に生まれてしまったのだって、全て仕方のない事だ。
なのに私はそれから逃げ出して、自由になろうだなんて、そんな事を夢見たから。
最初から大人しくこの男の妻になって居れば、少なくても命を落とす事など無かったのだろう。
――いや、違う。
何を今更“死”に恐怖など抱いているのだろうか。私は1度、自死を選ぼうとしたというのに。あの時、死ぬ事に安堵していた筈なのに。
では、この恐怖心は一体何に対しての物なのか?
「――妻であれば、ある程度は大切にしなくてはならないと思っていたが、ただの下層階級の女であればそんな慈悲など必要ない。君を傷めつける事だって、死なせてしまう事だって、何も問題は無いんだ」
恍惚とした表情を浮かべた彼の、興奮を感じさせる声が耳奥にこびりつく。その所為で、思考が上手く動いてくれない。
今頃、セドリックはどうしているだろうか。私が居なくなった事に、気付いてくれただろうか。
あの時私を抱き留めてくれた様に、私を探しに来てくれたら、それ程に嬉しい事は無いというのに。
「さぁ、行こう。“僕の城”に」
彼が口の前で指を立て、私からそっと手を離す。
――あぁ、そうか。
漸く、この恐怖心の意味を理解する事が出来た。
あの晩、バルコニーで抱いた絶望とは違う感情。
私は、拘束されたくない訳では無い。自由を失いたくない訳でも無い。
私は、ただ――
「――エル」
耳に届く、私を呼ぶ心地よい声。
「――こんな所に居たのか、探したぞ」
確認せずとも分かる声の主に、張り詰めた糸が緩む様な安堵感を覚えた。
今迄聞いた中で一番優しくて、一番穏やかなその声に、瞳に滲んだ涙が溢れ次々に頬を伝う。
「なんだ男が居たのか、つまらないな」
彼が舌打ち交じりに呟き、私から距離を取った。それとほぼ同時に、私が望んだ人物――セドリックが私と彼の間に割って入る。
「私の妻が、何かご無礼でも?」
セドリックが変わらぬ穏やかな口調でキースに尋ねながら、私の肩を強く抱き寄せた。
その手の強さは、私の口を塞ぐキースの手と同じ。なのに、痛みを感じるどころか何処か心地よくて、恐怖に早鐘を打つ鼓動も徐々に落ち着いていくのを感じた。
「あぁいや、彼女には道を尋ねていただけだよ」
キースが白々しく、セドリックの問いに答える。セドリックも彼の言葉が嘘だと悟ったのか、私の肩を抱く手に力を籠めた。
「だがどうやら、彼女を怖がらせてしまった様だね。すまなかった」
何がおかしいのか、キースがふふ、と笑みを零す。その笑みはとても紳士的だが、先程の会話の後に見るととても正常な物だとは思えなかった。
一刻も早く、此処から離れたい。でないと、セドリック共々キースに食べられてしまいそうだ。
そんな恐怖心から、セドリックのシャツの裾をくい、と引っ張る。
「――そうでしたか。それは失礼しました。では、私達はこれで」
私の思いを汲んでくれたのか、彼がキースに会釈をし私の腕を引いた。
先程よりも、ずっと歩幅が合わない。半ば引き摺られる様に、彼に腕を引かれるまま覚束無い足で着いていく。
すれ違い様、キースがポツリと何かを呟いた様な気がした。その瞬間、セドリックが今までに無い程の鋭い視線をキースに向ける。
だがキースは、まるでもう私達に興味を無くしたとでも言うように、馬車へと戻っていった。
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