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XVI 私を救う貴方の声-II
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彼は私の婚約者であり、名家の嫡男である、キース・スタインフェルド。
にこりと笑うその顔は、あの晩と同じ、何処か狂気を含んだ薄気味悪い笑み。
――逃げないと。
脳内を埋め尽くすその思考に、咄嗟に石畳を蹴った。
セドリックとは少し距離が出来てしまっているが、ここでキースから逃げる事さえ出来れば追い付ける筈だ。
だが私が走り出すよりも、彼が私の腕を掴む方が早かった。
「酷いな、逃げるなんて」
楽し気に、彼が笑う。
こんな所で、彼に捕まる訳には行けない。叫べばまだ、きっと望みはある。
セドリックに助けを求めようと、目一杯肺に息を吸い込んだ。
「おいたが過ぎるよ、“貴族”の私に盾突くなんて」
彼の手が、私の口を強く塞ぐ。又もや、彼に行動を封じ込まれてしまった。
口を塞がれたまま何とか叫ぼうと声を出すが、それはくぐもり声にも言葉にもならず、遠ざかっていくセドリックの耳には届かない。
とにかく、なんとかして逃げ出さなければ。
そう思い、抵抗するように彼の腕を両手で掴む。そして強く身体を捻るが、体格に差がある彼に敵う筈も無く、いとも簡単に馬車に背を叩きつけられてしまった。
自身の目の前は、赤い煉瓦の壁。そして、背後はスタインフェルド家の馬車。
壁と馬車の間に挟まれる形になった私と彼は、周囲から死角になっている為このままでは誰にも気付いて貰えない。
つまり私は、彼から逃れる事は出来ない。
「――どうして君がこんな所に居るんだい?君は、重い病に侵されている筈だろう?」
彼の爪が、頬に食い込む。
病気?一体何の事だろうか。それを問い返したくても、彼の手は私の口を塞いだまま。その手を解く気配は無い。
「おかしいな。僕は君のお父様から、君が重い病気に侵されてしまった為結婚は不可能だ、と聞かされ一方的に婚約を解消されてしまったのだが」
「――!?」
「でも君が此処に居ると言う事は、それはあの方の嘘だったのかな」
彼が「残念だ」とわざとらしく言葉を付け加え、小さく溜息を吐いた。
思った通り、父は私が屋敷を抜け出した事を周囲に話していない。婚約者の彼ですら、真実を聞かされていなかった。
まさか、本当に父は私の存在を――
「そういえば」
自身の思考を遮るように、彼が言葉を続ける。
「丁度1週間前、君の誕生日パーティーがあった晩だ。我が家に可愛い可愛い女の子がやってきたんだよ。アッシュの髪が印象的で、美しい白い肌を持った、本当に可愛い女の子が。あの子はスタインフェルド家の長女、そして僕の妹になる子でね、十分に愛を注いで可愛がってあげたいんだ。でも僕は、少女の愛し方が分からない」
「……?」
彼が再びわざとらしく、残念そうな表情を浮かべる。
恐怖に支配されたこの状況で、どれだけ思考を回してみても彼の言葉が理解できない。いや、理解したくない。
だが残酷にも彼は、その先の言葉をなんの躊躇いも無く口にする。
「――つまり、どれだけの事をすれば少女は死ぬのか、試してみたいんだよ」
にこりと笑うその顔は、あの晩と同じ、何処か狂気を含んだ薄気味悪い笑み。
――逃げないと。
脳内を埋め尽くすその思考に、咄嗟に石畳を蹴った。
セドリックとは少し距離が出来てしまっているが、ここでキースから逃げる事さえ出来れば追い付ける筈だ。
だが私が走り出すよりも、彼が私の腕を掴む方が早かった。
「酷いな、逃げるなんて」
楽し気に、彼が笑う。
こんな所で、彼に捕まる訳には行けない。叫べばまだ、きっと望みはある。
セドリックに助けを求めようと、目一杯肺に息を吸い込んだ。
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彼の手が、私の口を強く塞ぐ。又もや、彼に行動を封じ込まれてしまった。
口を塞がれたまま何とか叫ぼうと声を出すが、それはくぐもり声にも言葉にもならず、遠ざかっていくセドリックの耳には届かない。
とにかく、なんとかして逃げ出さなければ。
そう思い、抵抗するように彼の腕を両手で掴む。そして強く身体を捻るが、体格に差がある彼に敵う筈も無く、いとも簡単に馬車に背を叩きつけられてしまった。
自身の目の前は、赤い煉瓦の壁。そして、背後はスタインフェルド家の馬車。
壁と馬車の間に挟まれる形になった私と彼は、周囲から死角になっている為このままでは誰にも気付いて貰えない。
つまり私は、彼から逃れる事は出来ない。
「――どうして君がこんな所に居るんだい?君は、重い病に侵されている筈だろう?」
彼の爪が、頬に食い込む。
病気?一体何の事だろうか。それを問い返したくても、彼の手は私の口を塞いだまま。その手を解く気配は無い。
「おかしいな。僕は君のお父様から、君が重い病気に侵されてしまった為結婚は不可能だ、と聞かされ一方的に婚約を解消されてしまったのだが」
「――!?」
「でも君が此処に居ると言う事は、それはあの方の嘘だったのかな」
彼が「残念だ」とわざとらしく言葉を付け加え、小さく溜息を吐いた。
思った通り、父は私が屋敷を抜け出した事を周囲に話していない。婚約者の彼ですら、真実を聞かされていなかった。
まさか、本当に父は私の存在を――
「そういえば」
自身の思考を遮るように、彼が言葉を続ける。
「丁度1週間前、君の誕生日パーティーがあった晩だ。我が家に可愛い可愛い女の子がやってきたんだよ。アッシュの髪が印象的で、美しい白い肌を持った、本当に可愛い女の子が。あの子はスタインフェルド家の長女、そして僕の妹になる子でね、十分に愛を注いで可愛がってあげたいんだ。でも僕は、少女の愛し方が分からない」
「……?」
彼が再びわざとらしく、残念そうな表情を浮かべる。
恐怖に支配されたこの状況で、どれだけ思考を回してみても彼の言葉が理解できない。いや、理解したくない。
だが残酷にも彼は、その先の言葉をなんの躊躇いも無く口にする。
「――つまり、どれだけの事をすれば少女は死ぬのか、試してみたいんだよ」
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