DachuRa 1st story -最低で残酷な、ハッピーエンドを今-

白城 由紀菜

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XV この目に映る物-II

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 ――ぼふ、と強張った身体に受ける衝撃。
 それは想像以上に温かく、石畳にしては柔らかい。痛みは無く、不思議な感触だ。
 恐る恐る、ゆっくりと瞳を開く。

「……?」

 目の前は一面白い布。自身を包み込む温かな“それ”が何か分からず、そのまま数回瞬きを繰り返す。

「――だから、前見て歩けって言っただろ」

 頭上から聞こえた、呆れ交じりの低い声。

「子供じゃないんだ。気を付けろ」

 前に突き出したままだった腕を、するりと撫でる何か。撫でられた場所に残った感触が、じわりと熱を帯びる。
 つい先程迄は、思考だけが動き身体は役に立たなかったというのに。何故こんな状況になると、今度は身体の方が先に理解をしてしまうのだろうか。

 ――やはり、人間は予想外の事が起ると無力になる。

 漸く思考が状況を理解し、今迄に無い程熱を顔に溜めながらそれを痛感した。

 彼が咄嗟に抱き留めてくれたお陰で私は転ばずに済んだのだが、思い返してみれば彼と私は少々離れていた筈だ。直ぐに支えられる距離では無かったと記憶している。
 もしや、私の為にわざわざ駆け寄ってきてくれたのだろうか。彼の腕に抱かれながら、そんな事をぐるぐると考える。
 だがどちらにせよ、その行動が故意であっても無意識であっても、込み上げる嬉しさに変わりは無い。

 出来る事ならあと少し、あと10秒だけでもこのままで居たかった。だが此処は街中であり、更には“他人”である私達はそんな事許されない。名残惜しくも彼から身体を離し、自身の頭1つ分程上にある彼の顔を見上げる。

「…ごめん、なさい」

 抱き留めてくれた事への感謝を伝えるか、それとも謝罪を述べるか、迷った挙句後者を口にする。これ以上ない程高鳴る鼓動に、酷く震える声。
 彼は今、何を思うのだろうか。何を思い、私を抱きしめていたのだろうか。
 彼も私と同じ様に、身体を離した事を名残惜しいと感じてくれていたとしたら、もう少しこのままで居たいと感じてくれていたとしたら、それ程に嬉しい事は無いというのに。そんな期待を込め、彼を見つめる。
 だが、現実はそう上手くはいってくれない。私の期待を打ち壊す様に、彼が何処か不愉快そうな表情を浮かべ私から顔を背けた。
 その表情に、ズキリと胸が痛む。

 ――どうしてそんな顔するの?
 そう尋ねたくても、返事が怖くて中々言葉が喉奥から出てこない。

 私達の間に流れる沈黙。彼の体温が身体に残って消えず鼓動は鳴りやまないのに、心に傷を負ってしまった様にズキズキと痛みが引かない。
 自身を庇い、抱き留めてくれた事は確かに嬉しかった。だが、そんな顔を見る位なら転んだ方が幾分マシだったかもしれない。
 涙が零れそうになるのをなんとか堪え、未だ掴んだままだったセドリックの腕から手を離した。


「――そこのお2人さん、初々しくて可愛いね」

 
 突如自分達の間の沈黙を切り裂いたのは、その場に響き渡る凜とした声。無意識的に、声の方向へと視線を向ける。
 煌びやかなアクセサリーが並ぶ台の向こう側。壁に凭れ掛かり、にやにやとした笑みを浮かべ此方を見つめるのは、赤毛にシルバーの瞳が印象的な女性だ。年齢は30代前半から半ば位といった所だろうか。

 私達の周囲に2人組は居ない。居ても、小さな子供と母親などの親子位だ。
 今の言葉は私達に向けた言葉なのだろうか、と彼女の顔を見つめ首を傾げると、「あんた達の事だよ」と言ってその女性が笑った。
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