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XV この目に映る物-I

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 視覚を刺激する色鮮やかなパラソルに、嗅覚を満たす料理や花の香り。
 フードの隙間から見える景色は全てが物珍しく、まるで物語の中を覗き込んでいる様だ。
 
 屋敷を出て約1週間。マーシャとセドリックが、足が付かない程度に警察や社交界に探りを入れてくれていたらしく、1週間経った今でも私の存在は捜索されていない事が分かった。
 勿論、それは表面上だけでの話だ。水面下で捜索が行われているのだとしたら、此方は知る由も無い。
 だが幾ら貴族でも、全く表に出さずに1人の人間を探し出すというのは難しい。セドリックと話し合った結果、1週間の籠城に、捜索の気配が無い今なら、多少外出する位は問題ないのでは無いかという結論に至った。

 彼等がどうやってそれ等を調べたのかは、非常に気になる所ではある。だが、マーシャとあの話をして以降、彼等の事は深く考えない様にしていた。
 彼等がどんな人間であれ、私の気持ちは揺るがない。それだけは確かだ。それに、セドリック本人が素性を明かしたくないと思っているのなら尚の事。
 私が考えるべき事はそんな事では無い。そう自分に言い聞かせ、今はただセドリックとどう関係を築いて行くかだけに専念する事にした。


 ――そう言った経緯を経て、私は今、セドリックと共に街へと来ている。
 いつ何処で誰が見ているか分からない恐怖心を抱えながらも、珍しい物で溢れかえったこの街の景色には深く心惹かれていた。
 私がかつて文字だけでしか見る事の出来なかった世界を、今確かにこの目で見ているのだ。自然と足取りは軽くなり、高揚感で満たされていく。

「――ちゃんと前見て歩けよ」

 自身の少し前を歩いていたセドリックが足を止め、此方に視線を向けながら不愛想に呟いた。街の景色に夢中になっている間に、彼との間に随分と距離が出来てしまっていた様だ。
 家を出る前、彼からなるべく離れるなと言われていたのに、これでは私が不用心な女だと思われてしまう。フードが外れない様に手で押さえ、慌てて彼の方へと駆け寄った。

 だが、足を踏み出し丁度3歩目。石畳に僅かに出来た凹凸に爪先が引っ掛かり、自身でも理解が追い付く前に身体が前に傾いた。

「あっ――」

 声を上げたのは私だったか、それとも彼の方だったか。
 視線の先は石畳。理解が追い付いた頃にはもう既に、体勢を立て直せない所まで傾いてしまっていた。

 走った拍子に転ぶなんて、そんな事が笑って許されるのは小さな子供位だ。情けない姿を見せ、セドリックに呆れられたくない。
 だがそんな思い虚しく、身体は吸い込まれる様に石畳へと倒れていく。

 人間とは、予想外の事が起ると非常に無力になる。転ぶと頭では分かっているのに、脳からの指令が鈍り思う様に身体が動かない。
って、今の私が出来た事と言えば、咄嗟に両腕を前に出す事と、衝撃に備え瞳を強く瞑る事だけだった。
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