上 下
222 / 222

LXIV エピローグ-II

しおりを挟む

「もし仮に私の物語を書くとしたら、先生の事は謎多き人って事にしておきたいかも」

「自伝でも書くつもりか?」

「いいねそれ! 書いてみようかな、私の人生色々あったし」

「何処に需要あるんだか」

「意外とね、思わぬ所で需要ってあるもんなんだよ! 私も小さい頃、エンパスの自伝読んだなぁ。これから生まれてくるエンパスの子達に、こういう生き方があるんだよって残してあげたいなって、思ったりはするんだよね」

「じゃ、書いてみれば」

 突き放す様な彼の言葉に、「冷たいなぁ」と言葉を漏らす。しかし、子供達の言い争う声に私の声は掻き消された。

「シスター! シスターご本読んで!」

「駄目よ! シスターはこの前のお話の続きをするの!」

「違うよ、シスターは僕と遊ぶんだ、さっき約束したもん!」

 中庭に、まだ幼い子供達の元気な声が飛び交う。
 そんな子供達の言い争いを収めるのは、修道着に身を包んだ、誰もが振り返る程美しいシスター。

「喧嘩をしては駄目よ。順番に遊びましょうね」

 その美しいシスターが窘めるや否や、先程まで言い争っていた子供達が素直に口を噤む。そんな光景を見て、思わず感嘆の溜息を漏らした。

「まさに、聖女って感じ」

 そう呟きつつ隣のセドリックに視線を向けると、珍しくも彼が素直に頷いた。
 子供達に囲まれているのは、他でも無いセドリックの妻、そして私の大切な友人のエルである。此処へ来て早くも1ヵ月が経過し、エルは次第に元気を取り戻していった。今では、儚くとも時々笑顔を見せてくれる。
 そんなエルの胸に掛けられたロザリオが、陽の光に当たってきらりと光った。そのロザリオは、私とセドリックの胸にも掛けられている、この教会で作られた神聖なるものだ。セドリックが言うには、エルは毎晩このロザリオを胸に礼拝堂で祈りを捧げているらしい。
 それを毎晩見ているであろうセドリックは、聖職者でありながらも無神論者であり、義務的にロザリオを着用している様だった。そんな罰当たりなセドリックだが、シスター・セシリア曰く孤児院にも無神論者の子供が居たらしく、「それも一つの考え方ですから」と朗らかに言っていた。
 かくいう私も、神の存在は信じていない。幾ら神に祈った所で、ルイとレイが帰ってくる事は無いのだ。しかしそれでも、この教会に居る間は神を信じているふりだけはしていた。全ては、孤児院の子供達の為だ。

 “god bless you《神の御加護があらんことを》”

 そう囁くだけで、子供達は安堵の笑みを浮かべる。私達はあくまで子供達を保護し、良い大人にさせる事が仕事だ。自分達の意志は関係ない。
 しかし、セドリックはあまりそうは思っていない様だった。

「いい加減、神は居ないなんて言ってたらシスター・セシリアに怒られるよ」

「別に、怒られたって構わない。神は存在しないんだからな」

「そう思うのは勝手だけど、エルちゃんが悲しむんじゃない?」

「あいつの前ではこんな事は言わない」
 
 セドリックの言葉に肩を竦めると、彼が小さく溜息を吐いた。

「あいつは、エルは変わったよ。此処に来てから、『神の御加護があるから生きていられる』『神の御加護があるから貴方と居られる』そんな事ばかり言う様になった」

「それは、悪い事なの?」

「悪い事だとは思わないが、洗脳されている様で良い気はしないな」

「まぁ、宗教は一種の洗脳だから。でもその洗脳で心が回復しているならいいんじゃないの?」

「本当に“回復”しているなら良いんだがな。――あぁでも、エルの回復はあまり関係無いのか」

 彼の含みのある言葉に、首を傾げる。「どういう事?」と問うと、彼が曖昧に笑った。

「娘の事だ。俺は、娘2人の居場所を知ってる」

「……はぁ? そりゃそうでしょ、スタインフェルド家に居るんだから」

「違う。娘はもうスタインフェルド家には居ない」

 彼がちらりと、此方を一瞥した。そして私に何も問わせない様に、

「エルには言うなよ」

 と強い口調でそう告げた。



 神は居ない。そう思い始めたのはいつからだったか。
 私は“天使”だと言われ続けていた。神から力を授かったのだと、そう信じて疑わなかった。
 しかし不思議な物で、“神を信じるか”と問われれば透かさずNoと答える。
 この世の中は、全て人間の手で回っているのだ。愛も、罪も、全て。
 だが私は、聖職者の道を選んだが故に今日も呪文の様に唱える。

 ――この世界の人々に、神の御加護があらん事を。




to be continued....

next 4th story -strawberry-
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...