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LXIV エピローグ-I

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「――セディ」

 教会と並立する、孤児院の中庭にて。丁度日陰になるベンチにだらりと座る、白いシャツにウェストコート、黒のスラックスといった相変わらずの服装をした幼馴染に声を掛ける。
 彼――セドリックが私の声に気怠げに反応し、僅かに顔を動かして此方に視線を遣った。

「子供達と一緒に遊ばないの?」

「……愚問だな」

 私の問いに溜息を漏らし、彼が目を伏せた。なんともやる気のない男だ。仮にも聖職者だというのに、こんな態度で良いのだろうか。そう思うも、シスター・セシリアは慈愛に満ちた人で、こんなセドリックの事も笑って見過ごしてくださっている様だった。

「そういえばさ」

 中庭で遊ぶ子供達を眺めながら、ぽつりと言葉を漏らす。

「1人だけ、ずっと心が読めなかった人がいるの」

 私の言葉に、セドリックが僅かに反応した。瞳を開き、私の方へ再び視線を向け「お前が?」と問うてくる。

「そう。私の夫の、エドワード・マクファーデン先生。出逢った当時からずっと疑問に思ってたんだけど、改めて、なんでだったのかなって」

「まぁ、あの医者はとっつきにくいと言うか、読み辛い奴ではあるからな」

 彼の言葉に、思わず「お前がそれを言うか」と言いそうになったが、その言葉を飲み込み続きの言葉を紡ぐ。

「私はエンパスだし、人の心を読む……というか、人の感情に共感する力があるから、読めない人が居るって自体あり得ないと思ってたんだけど……」

「純粋に、そいつが感情に蓋をしてたってだけなんじゃねぇの。あとは、ガードが堅いとか」

「うぅん、それだけで、読めなくなるものなのかなぁ」

「知らねぇけど。でも、仮にお前がエンパスだって事前に分かってたんなら、感情を読まれない様にガードする、もしくは感情に強く蓋をするって事は可能なんじゃないか」

「……そんな、簡単な話なのかな」

 今日のセドリックは、珍しく口数が多い。娘を失ってから彼は今迄以上に寡黙になり、私がどれだけ話し掛けても一言二言しか返ってこず、無言という事も少なくはなかった。
 彼も回復をしている、という事なのか、それとも私の能力について興味があったのかは分からない。相変わらず彼の心の中は複雑に絡み合っていて、その心情を読み取る事は難しかった。

「まぁ、お前も完全では無いって事だろ。それか、お前自身が『こいつから感情を読みたくない』と無意識に思っていて、能力のオンオフを切り替えてたか、だな」

「えぇ……そんな器用な事出来な――……あ、いや、出来たかも」

 私の曖昧な返答に、セドリックが怪訝な視線を此方に投げる。
 
「一度だけ、この人の感情読んだら駄目な気がするって思った事があって。その人、まぁ普通の人では無かったんだけど……、でも、その時初めて感情を読む読まないのコントロールが出来た事を知ったんだよね」

 あの女――メイベル・バルフォアの名前を出せばセドリックも納得出来たかもしれない。しかし、何故だかメイベルは私達の心の傷になっている様に思えて、名前は敢えて伏せる事にした。
 セドリックは私の“普通の人では無い”という発言は特に気に留めていない様で、「それと同じなんじゃねぇの」と適当な言葉が返ってきた。しかし、ややあって彼が「あとは、まぁ」と言って言葉を濁す。

「何?」

「出逢った時から、そいつの傍に居たいってお前が思ってたとしたら。全部無意識だろうけど、自ら感情を読まない様にしてたとしたら。そういう線も、あるかもな」

「所謂、運命的な?」

「……まぁ、そうとも言うかもしれないが」

「えぇ! セディが運命論語るとか意外過ぎて笑える!」

「うるせぇなぁ……」

 セドリックが面倒臭そうに頬を掻き、深く溜息を吐いた。

「でも、仮に先生が感情に蓋をしていたとしても、私が自ら読まない選択をしていたのだとしても、先生の心が読めなくて良かったって、今では思うかな。先生の心が読めてたらきっと結婚してなかったと思うし、私は普通の人間の気持ちが分からなかったかもしれない」

「あっそ」

「全ては神のみぞ知るってやつだね。今でも、なんで先生の心だけ読めないのか気になるけど、それを解明する必要は無いんじゃないかな」

「こんだけ話しといて、結局そうなるのかよ」

「あは、だって解明出来ちゃったら面白くないじゃん。物語の中でも良くあるでしょ? 敢えて“謎を残す”って事」

「知らねぇよ」

 面倒臭がりながらもこうして受け答えをしてくれる事が嬉しくて、なんだか昔に戻ったかのように感じふふ、と笑みを零す。すると彼が、奇妙な物でも見るかの様な視線を此方に投げた。失礼な男だ。
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