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LXII 調査-III
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それから間もなくして、アイリーンとは別の使用人を連れたローズが応接間を訪ねて来た。ノックも無しに扉を大きく開き、「待っていたのよ!」とまるで少女の様にはしゃぐその姿は想像とあまりにかけ離れていた。使用人に窘められても気にも留めず、私と向かい合う様にソファに座りテーブルに身を乗り出す。
その拍子にテーブルが揺れ、紅茶が大きく揺れた。そしてその揺れに耐えきれなかった紅茶が飛び散る様にソーサーを汚す。
酷く窶れた顔に、光の無い瞳。くっきりとついた瞳の下の隈。それでいて声を弾ませ、嬉々として「あの宝石を見せて頂戴」とせがむ姿は、恐怖を抱く程であった。
しかし、動揺を顔に出してはいけない。表情を引き締め、顔に笑顔を作りトランクから宝石が入った黒い箱を慎重に取り出す。そんな私の姿を見て、ローズがぱっと顔を明るくさせた。
箱を開いて見せると、彼女の瞳が更に輝く。
「まぁ素敵! これ、カシミール・サファイアじゃない! コーンフラワーブルーよね? 幻の宝石とも呼ばれているのよ! こんな所で出会えるなんて……! これは運命じゃないかしら!」
早口で捲し立てた彼女が、私の手ごと箱を両手で包む。
「貴女、コーンフラワーブルーをご存じ?」
「ええ、図鑑で見かけた程度の知識しかありませんが、存在は存じております」
「あら、勿体ないわ。宝石は色んな可能性を秘めているのよ。知識を付けたらきっと貴女も、人生が変わる程楽しくなるわ」
ローズの言葉に返す言葉が見つからず、「検討します」と呟く様に告げると彼女が満足気に笑った。
彼女を見ていて、気になる点は2つ。この少女の様な口調と仕草は、“作られたもの”では無いという事。そして、彼女には何一つ“隠し事が無い”事。
彼女の心は曇りが無く、凪いだ海の様に静かだ。ルイとレイがこの屋敷に居るのならもっとその心には固く閉ざされた場所がある筈なのに、それが無い。このまま、屋敷の中を探索させて欲しいと言っても今の彼女なら笑って承諾してしまいそうな程だ。
そんな穏やかな彼女が、今は何よりも恐ろしかった。
彼女の顔を見ていれば分かる。窶れた顔に光の無い瞳。瞳の下の隈。どう見ても、健康体の人間では無い。それも、心を壊した人間の顔をしている。
つまり彼女は、心の中に幻想を作り出してしまっている可能性があるという事だ。元よりキースもノエルも存在しておらず、この屋敷には可愛い双子だけが存在していると。
「ねぇ、この宝石は? 私が引き取っていいの?」
「ええ、是非奥様に」
「嬉しいわ! 何処に飾ろうかしら」
ソファに腰を掛けたまま深々と頭を下げ、鞄の中から静かに契約書と万年筆を取り出す。
「私は宝石だけでなく、婦人服や子供服も取り扱っております。ご要望があればなんなりとお申し付けください」
子供服、とは少々踏み込み過ぎたか。そう思いつつ、ローズの顔を盗み見る。
すると、ローズが宝石を見た時と同じ位に瞳を輝かせた。
「あら、そうなの! では、私の娘に服を見繕って頂きたいわ! 私の娘は双子なの、14歳の可愛い可愛い女の子よ! 似たデザインのドレスが良いわね、お願いできるかしら」
いとも簡単に吐いた情報に驚きを隠せず、「双子……ですか」と思わず言葉を漏らす。しかしローズは私の動揺を気にも留めず、「ええ、そうなの!」と嬉しそうに頷いた。
どうにか顔に笑顔を作り、ぱたりとトランクを閉める。
「では、いつ頃お持ち致しましょうか」
「そうねぇ、娘達の服は夫にも見て貰いたいわ。夫が居る日をまた手紙で知らせるから、その日に来てもらえる?」
彼女の問いに、笑顔で「承知しました、お待ちしております」と事務的に答える。
それは次も此処に来る良い口実にもなるが、ラルフ・スタインフェルドとは一度顔を合わせている以上会う事は出来ない。彼が私の顔を覚えていない可能性も無いとは言い切れないが、リスクを冒してまで此処に来る必要はないだろう。
私がルイとレイ2人と接点がある事を、ローズは知らない。手紙に記された日付に此処を訪れなくとも、2人に危害が及ぶことは無い筈だ。
ローズから伝わってくる耳鳴りを冷静に分析しながら、此処へ来るのは今日が最後だ、と思いトランクにロックを掛けた。
その拍子にテーブルが揺れ、紅茶が大きく揺れた。そしてその揺れに耐えきれなかった紅茶が飛び散る様にソーサーを汚す。
酷く窶れた顔に、光の無い瞳。くっきりとついた瞳の下の隈。それでいて声を弾ませ、嬉々として「あの宝石を見せて頂戴」とせがむ姿は、恐怖を抱く程であった。
しかし、動揺を顔に出してはいけない。表情を引き締め、顔に笑顔を作りトランクから宝石が入った黒い箱を慎重に取り出す。そんな私の姿を見て、ローズがぱっと顔を明るくさせた。
箱を開いて見せると、彼女の瞳が更に輝く。
「まぁ素敵! これ、カシミール・サファイアじゃない! コーンフラワーブルーよね? 幻の宝石とも呼ばれているのよ! こんな所で出会えるなんて……! これは運命じゃないかしら!」
早口で捲し立てた彼女が、私の手ごと箱を両手で包む。
「貴女、コーンフラワーブルーをご存じ?」
「ええ、図鑑で見かけた程度の知識しかありませんが、存在は存じております」
「あら、勿体ないわ。宝石は色んな可能性を秘めているのよ。知識を付けたらきっと貴女も、人生が変わる程楽しくなるわ」
ローズの言葉に返す言葉が見つからず、「検討します」と呟く様に告げると彼女が満足気に笑った。
彼女を見ていて、気になる点は2つ。この少女の様な口調と仕草は、“作られたもの”では無いという事。そして、彼女には何一つ“隠し事が無い”事。
彼女の心は曇りが無く、凪いだ海の様に静かだ。ルイとレイがこの屋敷に居るのならもっとその心には固く閉ざされた場所がある筈なのに、それが無い。このまま、屋敷の中を探索させて欲しいと言っても今の彼女なら笑って承諾してしまいそうな程だ。
そんな穏やかな彼女が、今は何よりも恐ろしかった。
彼女の顔を見ていれば分かる。窶れた顔に光の無い瞳。瞳の下の隈。どう見ても、健康体の人間では無い。それも、心を壊した人間の顔をしている。
つまり彼女は、心の中に幻想を作り出してしまっている可能性があるという事だ。元よりキースもノエルも存在しておらず、この屋敷には可愛い双子だけが存在していると。
「ねぇ、この宝石は? 私が引き取っていいの?」
「ええ、是非奥様に」
「嬉しいわ! 何処に飾ろうかしら」
ソファに腰を掛けたまま深々と頭を下げ、鞄の中から静かに契約書と万年筆を取り出す。
「私は宝石だけでなく、婦人服や子供服も取り扱っております。ご要望があればなんなりとお申し付けください」
子供服、とは少々踏み込み過ぎたか。そう思いつつ、ローズの顔を盗み見る。
すると、ローズが宝石を見た時と同じ位に瞳を輝かせた。
「あら、そうなの! では、私の娘に服を見繕って頂きたいわ! 私の娘は双子なの、14歳の可愛い可愛い女の子よ! 似たデザインのドレスが良いわね、お願いできるかしら」
いとも簡単に吐いた情報に驚きを隠せず、「双子……ですか」と思わず言葉を漏らす。しかしローズは私の動揺を気にも留めず、「ええ、そうなの!」と嬉しそうに頷いた。
どうにか顔に笑顔を作り、ぱたりとトランクを閉める。
「では、いつ頃お持ち致しましょうか」
「そうねぇ、娘達の服は夫にも見て貰いたいわ。夫が居る日をまた手紙で知らせるから、その日に来てもらえる?」
彼女の問いに、笑顔で「承知しました、お待ちしております」と事務的に答える。
それは次も此処に来る良い口実にもなるが、ラルフ・スタインフェルドとは一度顔を合わせている以上会う事は出来ない。彼が私の顔を覚えていない可能性も無いとは言い切れないが、リスクを冒してまで此処に来る必要はないだろう。
私がルイとレイ2人と接点がある事を、ローズは知らない。手紙に記された日付に此処を訪れなくとも、2人に危害が及ぶことは無い筈だ。
ローズから伝わってくる耳鳴りを冷静に分析しながら、此処へ来るのは今日が最後だ、と思いトランクにロックを掛けた。
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