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LXII 調査-II

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 ――あれから2日が経過し、約束の日を迎えた。
 ポケットから取り出した懐中時計で現時刻を確認しつつ、スタインフェルド家の門扉を潜る。
 すると、まるで私が来るのを待っていたかの様に、玄関先に白と黒のコントラストを身に纏った年配の女性使用人が1人立っていた。彼女はダークブロンドの髪を丁寧に結い上げ、ホワイトのブリムで纏めた清潔感のある見た目をしている。セルリアンブルーの双眸は美しく、外光を取り込みまるで宝石の様にキラキラと輝いていた。

「お待ちしておりました、レイノルズ様。どうぞこちらへ」

 美しく輝く双眸とは裏腹に、彼女はにこりともせず私を屋敷の中へと促す。そんな彼女を見つめていると、ふわりと柔らかな風が吹き抜けた。彼女の横髪が揺れた拍子に、白い耳朶が青くきらりと光る。
 ――ピアスだろうか。それは片耳にしか着用されていない様で、更には目に入ったのが一瞬だった為宝石かどうかも分からなかった。
 使用人が、ピアスの着用を認められるのは珍しい。だが、その家の人間から信頼されていたり、気に入られていたりする使用人は身形などにある程度の自由が与えられるという話を聞いた事があった。彼女もその1人なのかもしれない。そんな事をぼんやり思いながら、屋敷に足を踏み入れた。
 チェス盤を連想させる、白と黒のタイル状の床は綺麗に磨き抜かれ、玄関の正面には絨毯が敷かれた長い階段があった。天井一面には天界を思わせる絵が描かれ、瞳を刺す強い光を放つシャンデリアはどの屋敷で見た物より美しい。松材の壁板には花や果物などの彫刻が施されていて、細かな所にまで金が使われている事が分かった。

「こちらです」

 足を止めホールを眺めていると、右側から先程の女性使用人の声が聞こえた。ホールの装飾品から視線を外し、彼女の後に付いて歩く。
 通されたのは、そこそこの広さがある応接間。大きな窓が2つ壁に埋め込まれ、外光が差し込み比較的明るい。火が炊かれていない暖炉の上には高級そうな食器が飾られており、大きなソファの裏に置かれたコンソールには家族写真であろう物が入れられた写真立てが幾つか並べられていた。

「此方でお待ちください」

 私が応接間に入ったのを確認した使用人が、ぺこりと頭を下げた後扉を閉め、何処かへと消えていった。 
 貴族の屋敷に入るのは、当然これが初めてでは無い。仕事柄、頻繁に出入りしている方だ。しかし、これは仕事では無く一種の調査である。間違いは許されない。そう思うと、自然と鼓動が早くなった。
 大きなソファに腰を下ろし、その横に革のトランクケースを置く。ロックを外してトランクを開くと、ローズスタインフェルドから送られてきた封書と仕事に使う契約書、万年筆、そして最も重要である宝石の入った黒い箱が詰められていた。職場で詰めた時から、当然ながら中身は変わっていない。しかし、その変わらないトランクの中を見て少なからず安堵感を覚えた。
 コンコン、と控えめなノックが響き、扉が開く。振り返り扉の方へと視線を向けると、先程の使用人が銀のトレーを持って応接間に入って来た。

「じきに奥様がお見えになります」

 そう一言告げ、テーブルに紅茶の入ったティーカップを置いた。
 私やセドリックの憶測が間違っていなければ、この屋敷の何処かにルイとレイが居る。それを、どうにか確認しなければならない。しかし、当然ながら勝手に屋敷中を歩き回る訳にもいかない。そんな事をしたら、ローズに会う前に追い出されてしまうだろう。
 
「ねぇ、貴女名前なんて言うの?」

 そう問い掛けると、使用人が顔を上げた。まさか名を聞かれるとは思っていなかったのか、少々の驚きが伝わってくる。

「申し遅れました。わたくしアイリーン・スチュアートと申します」

「アイリーン、か。綺麗な名前だね」

「痛み入ります」

 彼女――アイリーンが銀のトレーを胸の前に持ち立ち上がった。そんな彼女を引き止める様に、「ちょっと待って」と声を掛ける。

「此処の家って、お子さん居る? 女の子とか」

 少々、踏み込み過ぎただろうか。なんて思いながらも、再びテーブルの横にしゃがみ込んだ彼女の双眸を見つめる。

「申し訳ありませんが、その様な質問にはお答えしかねます」

 彼女の返答は冷たい。しかし、その奥にあるのは動揺。そして、耳を衝く強い耳鳴り。アイリーンが何かを隠している事は直ぐに分かった。
 それに、疚しい事が無ければ直ぐに答えられるだろう。子が居るか居ないか、というのは隠す程の事では無い。

「女の子が2人、居るんじゃない?」

 鎌を掛ける様にそう問うと、彼女のセルリアンブルーの双眸が驚いた様に見開かれた。
 耳鳴りが、強くなる。答えはyesだ。

「な、何故それを……?」

 彼女は見て取れる程、動揺していた。これでは、疚しい事があると言っている様なものだ。彼女は嘘が苦手な性格をしているらしい。

「私は装飾品のブローカーだから、少しでも多くの服や宝石を売りつけたいのよ。だから、年頃の子供でも居ればと思ったんだけど、まさか当たってるとは思わなかった。あ、この事奥様には内緒ね」

 そう言って悪戯に笑うと、アイリーンの動揺が和らぐのを感じた。しかし、彼女は社交的では無い様だ。直ぐに表情を戻すと、「失礼します」と冷たく告げ逃げる様に応接間を去ってしまった。
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