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LXII 調査-I

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 手元にあるのは、ボルドーの封蝋で閉じられたホワイトの郵便封筒。封蝋の中心にはとある家の家紋が押されていて、差出人を見なくともどの家から送られてきた封書なのかが分かる。

 ――セドリックとエルの娘2人が居なくなって4日。
 貴族の中の特定の人物――ローズ・スタインフェルドに接触するのは難航すると予測していたが、そんなの容易い事だとでも言う様に、封蝋に押されたスタインフェルド家の家紋が存在を主張していた。
 今迄、仕事柄幾度となく受け取って来た上質な紙。今更、感動する様な事はなにも無い。しかし、手元にある上質な紙で作られた郵便封筒は、自身がである事を表していて、気分が高揚するのを感じた。
 徒に封筒の表面を撫で、封蝋の凹凸を指でなぞる。そして一頻りその外装を楽しんだ後、銀のペーパーナイフを使い封筒を開いた。

 セドリックから話を聞いた翌朝、私は早速ローズ・スタインフェルドに接触する為の準備に取り掛かった。
 仕事部屋で30分程掛けて発掘したのは、15年以上も前に預けられた希少な宝石、カシミール・サファイアのコーンフラワーブルー。それを預けられる前迄は自身の仕事部屋を施錠しておらず、更には扉を開いたままで出掛けてしまう事も多かった。しかし、ある日を境に私は仕事部屋をしっかり施錠する様になった。そのきっかけである宝石が、そのカシミール・サファイアだ。
 本来私の様なブローカーは、商品をあくまで“預かっている”立場であり、他者への引き取りを交渉する際には預けた人物とも交渉しなくてはならない。だが、このカシミール・サファイアを私に預けた人物は、宝石を預けた半年後病に罹り、僅か1ヵ月で身罷ってしまった。つまり、現在この宝石の所有者は不在であり、ローズ・スタインフェルドと接触するにはもってこいの代物という訳だ。
 書斎にある宝石の図鑑を見る限り、カシミール・サファイア――特にコーンフラワーブルーは世界で最も希少な宝石として扱われており、市場で出回る事も殆ど無い“幻の宝石”と呼ばれているらしい。宝石に疎い私には価値が分からない物だが、宝石を買い集めているローズは必ず引っ掛かるだろう。そう思い、私はローズ・スタインフェルド宛てに手紙を出した。
 内容は、“希少な宝石を入手した。是非ローズ・スタインフェルド様にもご覧になって頂きたい”といった、至ってシンプルな物だ。それの返事が、今手元にある。
 ――これは貴族に限る事では無いが、基本的に提案を拒絶する場合は返事を寄越さない。こうして返事の封書が届いたという事は、ローズ・スタインフェルドを釣る事が出来た、という事だ。
 第一関門を突破できた事に安堵しながらも、封筒の中に入っていた便箋を1枚取り出す。

――

That's nice. I definitely want to see it.
《それは素敵ね。是非見て見たいわ》

But lately my husband has been bothered and I may be scolded
《でも最近は夫が煩くて、叱られてしまうかもしれないから》

I'd like to ask on a day when my husband isn't there.
《夫が居ない日にお願いしたいわ》

――

 取り出した便箋には、簡潔な文章と、所望の日付と時間が記されていた。
 ローズが望むのは、2日後の14時から16時までの間だ。2時間もあれば、充分である。
 あくまで私に出来るのは、ルイとレイがスタインフェルド家に“無事”で居るかという確認だけだ。下手に動く事も、連れ戻そうとする事も許されない。それだけでなく、ローズに不信感を抱かせない様にルイとレイの事を探らなければならない。ローズの方から話してくれる事が1番だが、私にそんな誘導が出来るだろうか。
 マクファーデンに助けを求めてみるのも一種の手ではあるが、彼は心理学を少々齧っていた程度であり決してメンタリストでは無い。今迄で培ってきた戦術でどうにかするしか無い様だ。
 手紙に皺が付く程きつく握り締め、深い溜息を吐いた。

 ◇ ◇ ◇
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