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LXI 真実-I
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深夜の2時20分。職場のホールのカウチの上、膝を抱えてただ時が来るのを待っていた。
心を休めようと淹れた大好きな紅茶は、一度も口を付けられずカップの中で冷え切っている。こんな風にじっとしていたら、気がおかしくなってしまいそうだ。気分転換にでも紅茶を淹れ入れ直しにいこうか、なんて事は幾度となく思ったが、結局身体は動くことなく、彼女――メイベル・バルフォアに告げられた時間の3分前を迎えてしまった。
時が来るのを待つ間、読みかけの本を開いてみたりもした。しかしどれだけ文字を目で追っても、考えるのは彼女が放った言葉ばかり。内容が頭に入ってくる事は一切無かった。
――セドリックが此処を出て行って、どれ程の時間が経った?
――エルは無事だろうか?
――娘2人は、映像通り何者かに連れ去られてしまったのだろうか?
――何故、そんな事に?
浮かぶのは、疑問ばかり。
メイベルが此処を去ってから、私は幾つもの憶測を巡らせた。5日前――日付を超えている為6日前になるだろうか――此処を訪ねて来たあの男が今回の一件に関わっているに違いない。しかし、何故セドリックの娘2人に手を掛けたのか。
脳内で見えたあの映像に居た男2人は、此処を訪ねて来た男とは全くの別人だ。では、娘2人に接触した男達は何者か? ただ雇われただけか、それとも、此処を訪ねて来た男とは無関係か。だとしても、あの男が関わっていないとは考えられない。あの男はセドリックに、“責任を取れ”と言ったのだ。責任を取る、という言葉は非常に漠然としていて、曖昧である。私はあの時セドリックに、咄嗟に「あの男、何か悪い事を考えていそうな……」と言った。しかし、養女が精神異常者だったからといってブローカーであるセドリックの娘に手出しをするだろうか。あまりに不自然な話だ。となると、あの男は関わっていないと考える方が妥当かもしれない。だがどうにも引っ掛かる。あの男が無関係だとはどうしても思えない。
「――!」
突如ホールに響いた、玄関扉が解錠される音に意識が引き戻された。咄嗟に、時計に視線を向ける。
2時23分丁度。あの女が告げた時間だ。カウチから転げ落ちんばかりの勢いで立ち上がり、玄関扉の方へ駆ける。
「あっ――」
控えめに開かれた扉。入って来たのは、想像通りの人物、セドリックだ。
しかしその虚無感のある表情と、伝わってくる絶望に言葉が出てくる事は無かった。
まるで、透明な水の中にインクを零した様に。もう、濁ってしまった水は元には戻らない様に。澄んでいた筈の彼の心は、黒く濁っている。そんな彼を見て、心がただ重くなった。
ガラス玉の様に感情を宿していない二つのローズレッドが、私を見つめる。彼の双眸に写り込んだ自身は、酷く頼りない表情をしていた。
「エルが眠っている間に話を終えたい」
感情の無い声で告げられた言葉に、ふと我に返る。曖昧に頷き、どうしたら良いか分からないなりにもどうにか彼をソファに座る様促した。
彼が私の横を擦り抜け、ソファへと向かう。その動きは何処かぎこちなくて、まるで操られた人形の様だ。そんな彼を見て、私の願いは叶わなかった――間に合わなかったのだと悟る。
しかし、エルは眠っていると彼は言った。つまり、エルは無事だという事だ。
絶望の中に唯一の希望を見つけ出した様に感じて、私は思わず安堵してしまった。だがすぐさま、こんな状況で安堵するだなんてと呵責の念に駆られ、自身の両頬を叩く。彼の後を追いかけ、自身もソファに座った。
心を休めようと淹れた大好きな紅茶は、一度も口を付けられずカップの中で冷え切っている。こんな風にじっとしていたら、気がおかしくなってしまいそうだ。気分転換にでも紅茶を淹れ入れ直しにいこうか、なんて事は幾度となく思ったが、結局身体は動くことなく、彼女――メイベル・バルフォアに告げられた時間の3分前を迎えてしまった。
時が来るのを待つ間、読みかけの本を開いてみたりもした。しかしどれだけ文字を目で追っても、考えるのは彼女が放った言葉ばかり。内容が頭に入ってくる事は一切無かった。
――セドリックが此処を出て行って、どれ程の時間が経った?
――エルは無事だろうか?
――娘2人は、映像通り何者かに連れ去られてしまったのだろうか?
――何故、そんな事に?
浮かぶのは、疑問ばかり。
メイベルが此処を去ってから、私は幾つもの憶測を巡らせた。5日前――日付を超えている為6日前になるだろうか――此処を訪ねて来たあの男が今回の一件に関わっているに違いない。しかし、何故セドリックの娘2人に手を掛けたのか。
脳内で見えたあの映像に居た男2人は、此処を訪ねて来た男とは全くの別人だ。では、娘2人に接触した男達は何者か? ただ雇われただけか、それとも、此処を訪ねて来た男とは無関係か。だとしても、あの男が関わっていないとは考えられない。あの男はセドリックに、“責任を取れ”と言ったのだ。責任を取る、という言葉は非常に漠然としていて、曖昧である。私はあの時セドリックに、咄嗟に「あの男、何か悪い事を考えていそうな……」と言った。しかし、養女が精神異常者だったからといってブローカーであるセドリックの娘に手出しをするだろうか。あまりに不自然な話だ。となると、あの男は関わっていないと考える方が妥当かもしれない。だがどうにも引っ掛かる。あの男が無関係だとはどうしても思えない。
「――!」
突如ホールに響いた、玄関扉が解錠される音に意識が引き戻された。咄嗟に、時計に視線を向ける。
2時23分丁度。あの女が告げた時間だ。カウチから転げ落ちんばかりの勢いで立ち上がり、玄関扉の方へ駆ける。
「あっ――」
控えめに開かれた扉。入って来たのは、想像通りの人物、セドリックだ。
しかしその虚無感のある表情と、伝わってくる絶望に言葉が出てくる事は無かった。
まるで、透明な水の中にインクを零した様に。もう、濁ってしまった水は元には戻らない様に。澄んでいた筈の彼の心は、黒く濁っている。そんな彼を見て、心がただ重くなった。
ガラス玉の様に感情を宿していない二つのローズレッドが、私を見つめる。彼の双眸に写り込んだ自身は、酷く頼りない表情をしていた。
「エルが眠っている間に話を終えたい」
感情の無い声で告げられた言葉に、ふと我に返る。曖昧に頷き、どうしたら良いか分からないなりにもどうにか彼をソファに座る様促した。
彼が私の横を擦り抜け、ソファへと向かう。その動きは何処かぎこちなくて、まるで操られた人形の様だ。そんな彼を見て、私の願いは叶わなかった――間に合わなかったのだと悟る。
しかし、エルは眠っていると彼は言った。つまり、エルは無事だという事だ。
絶望の中に唯一の希望を見つけ出した様に感じて、私は思わず安堵してしまった。だがすぐさま、こんな状況で安堵するだなんてと呵責の念に駆られ、自身の両頬を叩く。彼の後を追いかけ、自身もソファに座った。
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