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LIX 救いを-II
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――
Dear Miss Reynolds,《親愛なる ミス レイノルズ》
The disturbing premonition is right.《不穏な予感は的中する》
Your precious things will collapse.《貴女の大切な物は崩壊する》
Let me help such a poor lady.《そんな哀れな貴女に、私の力を貸しましょう》
Mabel Balfour《メイベル・バルフォア》
――
過去と同じく、解読に時間の掛かる内容だ。しかし、この手紙がこれから訪れる不幸を予知している事は直ぐに分かった。
「……ん、なにこれ」
カードの左下。水を数滴垂らしたのか、光に反射してきらりと光った。封筒は濡れていなかった筈なのに不思議だ。そう思いながらも、その水に濡れた場所を親指で擦る。
「――?」
水にしては粘度の高い、不思議な感覚。カードから親指を離し指の腹に目を遣ると、そこは何故だか真っ赤に染まっていた。人差し指と擦り合わせてみるとぬるりと奇妙な感触がし、離した指の間に赤い糸が引く。
――ぐらりと、回転する様な眩暈が自身を襲ったのは、その瞬間の事だった。視野が迫ってくる様に目の前が暗くなり、支えを求めて背後の扉に手を這わせる。
脳内に断片的に浮かぶ光景。まるで、連続で撮影した写真をぱらぱらとめくっている様にカクついたその映像は、私の脳内で流れているものらしい。
見覚えのある家に上がり込む、スーツを身に纏った男2人。逃げる様に階段を駆け上がる、双子の少女。片方の少女は手に紙切れとペンを持ち、もう片方の少女の手を引いて二階の部屋に閉じ籠った。紙切れを持った少女が、ベッドを台にして紙にペンを走らせている。何を書いているかは、滲んでいて見えない。
その文字を書き終えたと同時に、部屋の扉が男によって蹴破られた。男の手には、拳銃が持たれている。紙切れに文字を書いていた少女が、守る様に片割れの少女の前に立った。男と少女が口論になり、少女の額に銃口が押し当てられる。そして拳銃を持った男の後ろに控えていたもう一人の男が、隠れていた片割れの少女の腕を引き摺る様に強く引いた。
「――……」
目の前は、見慣れた絨毯。手に持った封筒が、カサりと音を立てる。
数回瞬きを繰り返すが、視界は変わらない。もう、脳内に映像は流れない。
額を流れた汗が、ぽつりと床に落ちた。あの2人の少女は、間違いなくルイとレイだ。2人の身に危険が迫っている。早く、助けに行かなければ。
しかし、そこではたと気付く。
――エルは何処?
母親であるエルは、1度も映像の中に現れなかった。エルは街に買い出しに行く時、必ずと言って良い程2人を連れている。家で留守番をさせる事は滅多にない。
何故、エルが居ないのか。あの男は銃を持っていた。まさか、まさか――
手から黒い封筒が滑り落ち、それが地面に落下すると同時に足が動いた。地面を蹴り、階段を駆け上る。向かうは、セドリックの居る書類室。
「――セディ……!」
書類室の扉を力強く開き、叫ぶ様に彼の名を呼んだ。
「い、今迄、こんなの感じた事無いし、当たるかも分からなくて、凄い曖昧なんだけど……」
息も絶え絶え、必死に言葉を紡ぐ。脳内に流れた映像を説明している暇など無い。
「なんか、なんか凄く嫌な予感がするの……! あの男、何か悪い事を考えていそうな……」
「……お前、いつから未来が予知出来る様になったんだ」
「違うの……! 予知じゃなくて……いや、予知なのかな……。自分でも、良く分からないんだけど……」
身振り手振りで、伝えようと口を開く。しかし、高鳴る鼓動が邪魔をして言葉が出て来ない。
「――とにかく、今すぐエルちゃん達を此処に連れてきて!」
自身の叫び声が、カビ臭く薄暗い書類室に反響する。
気を抜いたら、瞳から涙が零れてしまいそうだ。喉の奥が張り付きそうな程乾いていて、これ以上声を出すと咳き込んでしまうかもしれない。それでも、必死に言葉を紡ぐ。
「此処なら常に誰か居るし、それに空き部屋だってあるから! 此処なら3人を守れるから……! セディ……!」
最後まで言葉を紡ぐ前に、彼が私を強く押し退けた。その反動で、バランスを崩し床に両膝を付く。
セドリックの足音が遠ざかってゆき、遠くで玄関扉が開かれる音がした。今の私に、振り返る余裕は無い。ただ息を乱しながら、ボロボロと涙を零す。指先が赤く染まっているのも気にせず、両手で顔を覆い、その場で蹲る様に身体を丸めた。
「――お願い、お願い、どうか、間に合って」
私の小さな祈りは、響く事無く吸い込まれる様に消えていった。
Dear Miss Reynolds,《親愛なる ミス レイノルズ》
The disturbing premonition is right.《不穏な予感は的中する》
Your precious things will collapse.《貴女の大切な物は崩壊する》
Let me help such a poor lady.《そんな哀れな貴女に、私の力を貸しましょう》
Mabel Balfour《メイベル・バルフォア》
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過去と同じく、解読に時間の掛かる内容だ。しかし、この手紙がこれから訪れる不幸を予知している事は直ぐに分かった。
「……ん、なにこれ」
カードの左下。水を数滴垂らしたのか、光に反射してきらりと光った。封筒は濡れていなかった筈なのに不思議だ。そう思いながらも、その水に濡れた場所を親指で擦る。
「――?」
水にしては粘度の高い、不思議な感覚。カードから親指を離し指の腹に目を遣ると、そこは何故だか真っ赤に染まっていた。人差し指と擦り合わせてみるとぬるりと奇妙な感触がし、離した指の間に赤い糸が引く。
――ぐらりと、回転する様な眩暈が自身を襲ったのは、その瞬間の事だった。視野が迫ってくる様に目の前が暗くなり、支えを求めて背後の扉に手を這わせる。
脳内に断片的に浮かぶ光景。まるで、連続で撮影した写真をぱらぱらとめくっている様にカクついたその映像は、私の脳内で流れているものらしい。
見覚えのある家に上がり込む、スーツを身に纏った男2人。逃げる様に階段を駆け上がる、双子の少女。片方の少女は手に紙切れとペンを持ち、もう片方の少女の手を引いて二階の部屋に閉じ籠った。紙切れを持った少女が、ベッドを台にして紙にペンを走らせている。何を書いているかは、滲んでいて見えない。
その文字を書き終えたと同時に、部屋の扉が男によって蹴破られた。男の手には、拳銃が持たれている。紙切れに文字を書いていた少女が、守る様に片割れの少女の前に立った。男と少女が口論になり、少女の額に銃口が押し当てられる。そして拳銃を持った男の後ろに控えていたもう一人の男が、隠れていた片割れの少女の腕を引き摺る様に強く引いた。
「――……」
目の前は、見慣れた絨毯。手に持った封筒が、カサりと音を立てる。
数回瞬きを繰り返すが、視界は変わらない。もう、脳内に映像は流れない。
額を流れた汗が、ぽつりと床に落ちた。あの2人の少女は、間違いなくルイとレイだ。2人の身に危険が迫っている。早く、助けに行かなければ。
しかし、そこではたと気付く。
――エルは何処?
母親であるエルは、1度も映像の中に現れなかった。エルは街に買い出しに行く時、必ずと言って良い程2人を連れている。家で留守番をさせる事は滅多にない。
何故、エルが居ないのか。あの男は銃を持っていた。まさか、まさか――
手から黒い封筒が滑り落ち、それが地面に落下すると同時に足が動いた。地面を蹴り、階段を駆け上る。向かうは、セドリックの居る書類室。
「――セディ……!」
書類室の扉を力強く開き、叫ぶ様に彼の名を呼んだ。
「い、今迄、こんなの感じた事無いし、当たるかも分からなくて、凄い曖昧なんだけど……」
息も絶え絶え、必死に言葉を紡ぐ。脳内に流れた映像を説明している暇など無い。
「なんか、なんか凄く嫌な予感がするの……! あの男、何か悪い事を考えていそうな……」
「……お前、いつから未来が予知出来る様になったんだ」
「違うの……! 予知じゃなくて……いや、予知なのかな……。自分でも、良く分からないんだけど……」
身振り手振りで、伝えようと口を開く。しかし、高鳴る鼓動が邪魔をして言葉が出て来ない。
「――とにかく、今すぐエルちゃん達を此処に連れてきて!」
自身の叫び声が、カビ臭く薄暗い書類室に反響する。
気を抜いたら、瞳から涙が零れてしまいそうだ。喉の奥が張り付きそうな程乾いていて、これ以上声を出すと咳き込んでしまうかもしれない。それでも、必死に言葉を紡ぐ。
「此処なら常に誰か居るし、それに空き部屋だってあるから! 此処なら3人を守れるから……! セディ……!」
最後まで言葉を紡ぐ前に、彼が私を強く押し退けた。その反動で、バランスを崩し床に両膝を付く。
セドリックの足音が遠ざかってゆき、遠くで玄関扉が開かれる音がした。今の私に、振り返る余裕は無い。ただ息を乱しながら、ボロボロと涙を零す。指先が赤く染まっているのも気にせず、両手で顔を覆い、その場で蹲る様に身体を丸めた。
「――お願い、お願い、どうか、間に合って」
私の小さな祈りは、響く事無く吸い込まれる様に消えていった。
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