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LIX 救いを-I

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 セドリックが書類室に籠って、4日が過ぎた。
 どうやらあの男との取引は15年以上も前のものだったらしく、書類は劣化し更には虫食いも多く、探し出すのが難航している様だった。時々休憩にと紅茶を書類室に運んではいるものの、書類室はカビや埃の匂いが蔓延していて気が滅入り、とてもじゃないが紅茶を飲む気分にはなれないらしい。運んだ紅茶は、何度見に行っても手が付けられていなかった。
 書類探しを、手伝う事も考えた。しかし彼の書類と私の書類は大きく異なる為、足手纏いにしかならないだろう。そう思うと、今はただ手をつけないと分かり切っている紅茶を届け続ける事しか出来なかった。

 ホールにて1人、数日前に買ったばかりの本を開く。スピンを挟んでいたページまで飛ばし、小さく息を吐いて文字に目を走らせた。
 自身の手の中にあるのは、二重人格の男性を描いたゴシック小説だ。童話や恋愛小説を好んでいた私にしては、珍しいジャンルの本である。
 この本を手に取った事に、特別深い理由や意味は無かった。ただ、人気の高い本だという事を耳にしたから手に取っただけだ。普段読まないジャンルの為自身に読み切れるかが不安ではあったが、読めなかった時はルイにプレゼントでもすれば彼女が代わりに読んでくれるだろう。ルイは読書家で、推理小説やゴシック小説を好んでいると前にセドリックが言っていた。
 そんな軽い気持ちで手に取った本だったが、読んでみると普段と違う文体に興味が湧き、今ではこの本を開く事が密かな楽しみとなっていた。そして、この本を読んでいる時だけが唯一余計な事を考えずに済む時間だ。
 セドリックの事やあの男の事、そしてエルや双子の事など不安な事は山ほどあるが、1日中不安な思いを抱えて過ごしている訳にはいかない。不安に押し潰され精神的に参ってしまえば、いざとなった時に動けなくなってしまうからだ。
 故に、不安を取り除く為にも読書の時間は大切にしていた。

 丁度、3ページ程読み進めた頃合い。玄関に気配を感じ、顔を上げた。
 物音も、声も、何も聞こえない。しかし、強烈な気配が玄関扉の向こう側にはある。
 心臓が早鐘を打つのを感じながらも、読みかけのページにスピンを挟み本を閉じた。本をテーブルに置き、忍び足で玄関へと向かう。
 扉の向こう側の気配は、未だ消えない。誰かが立っているのだろうか。息遣いまで聞こえてきそうな程に、濃い気配だ。
 ドアノブに手を掛け、鍵に指を添える。
 ――扉を開いて、その人物と対峙して何になる?
 そう問われれば、答える事は出来ない。しかし扉を開いてその人物を確認すべきだと、本能が告げていた。
 目を伏せて少し長めに息を吐き、カウントダウンをする様に脳内で数を数える。そして0になったタイミングで解錠し、やや強めに扉を開いた。

「……え?」

 玄関扉を開いた先には、誰も居ない。辺りを見渡してみても、人の姿は無かった。
 ――だと、言うのに。
 未だに消えない人の気配。まるで見えない誰かが目の前に立っているかの様に感じて、背筋に冷や汗が伝う。
 霊的な何かだろうか。幽霊なんてものは過去に一度も見た事が無い為全く信じていないが、そう言われても納得できる程の気配の強さだ。
 ふと、視界の下方に黒い物体が見えた。それを追う様に、視線を足元まで下げる。
 そこにあったのは、“人為的に置かれた”黒い封筒。その中心には、血液、もしくは赤薔薇を連想させる色の封蝋が押されていた。見覚えのあるそれに、どきりと鼓動が跳ねる。
 私は確かに、過去にこの手紙を貰った事がある。それも、2回もだ。1度目は、婦女暴行事件の主犯格、アルフレッド・ガーランドと接触した夜の事だ。そして2回目は、実母と最後に接触した直前の事。
 周囲を警戒しながらその場にしゃがみ、封筒を素早く手に取る。そして最後にもう一度周囲を見渡し、扉を閉めた。
 扉に背を付け、その封筒をまじまじと見つめる。赤い封蝋の中心には、見覚えのある“B”の印璽。僅かに香る、ベルガモット。過去に貰った物と、確かに同じ物だ。
 高鳴る鼓動を抑えつけ、そっと封蝋を剥がす。封筒の中には、変わらず黒いメッセージカードが1枚入れられていた。慎重にそのカードを取り出し、ゴールドのインクで書かれた手本の様に美しい文字に目を走らせる。
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