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LVIII 不穏な予感-II

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「わっ……」

 解錠した瞬間、外側から無理矢理扉を開けられ鼻の先を掠めた。思わず声を漏らしてしまい、数歩後退る。

「……アンドールは何処だ」

 鬼の形相で屋敷に入ってきたのは、中年の男。何処かで見た事のある男だ。しかし、恐らく随分と昔の事だろう。中々思い出す事が出来ない。
 だが、そんな事よりも最も私の背筋を凍らせたのは、男から伝わってくる“音”だった。
 金属を擦り合わせる様な、身毛がよだつ不快な耳鳴り。両耳を塞ぎ、その場に蹲ってしまいたくなる程の音だ。

「……あ、あ、……あの……」

 こうしている間にも激しさを増す音に、くらりと眩暈がする。口から出る言葉は最早自身の耳には届いておらず、正しい対応をする事が出来ない。

「……聞こえなかったのか。アンドールを出せ」

 男の手が、私の胸倉を強く掴んだ。その拍子にシャツのボタンが数個外れ、首輪が露わになる。しかし男は首輪になど目もくれず、ただ譫言の様にもう一度「アンドールを出せ」と呟く様に言った。
 ――この男は危険だ。出来る事なら、セドリックに会わせることなく帰らせるべき人間である。
 彼が何を考えているのか心を探っても、聞こえてくるのは金属音の様な耳鳴りと、心を掻き乱される程の殺意と絶望。吐き気が込み上げ、思わず口を強く抑える。
 ――これ以上、この男と関わり合いたくない。早くこの男から逃げたい。これ以上心を探りたくない。
 これ程の事を他人に思ったのは初めてだった。つまり、彼から流れてくる感情はそれ程“重い”と言う事だ。

「……あ、アンドールは今、手が離せ、離せず、今日はお引き取り、願います」

 吐き気を何とか抑え込み、震えた声でしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。

「そんな事知った事か。急用だとあの男に伝えろ。早く、此処に連れてくるんだ。早く」

 私の胸倉を掴む彼の手に、更に力が籠った。私の身体を激しく揺さぶり、「早く、早く」と繰り返す。

「か、畏まりました。で、は、客室で、お待ちください」

 男の手を何とか掴み、胸倉から手を無理矢理離させる。そして慌ててシャツのボタンを留め、逃げる様に客室へ向かった。
 男が私の後を、付いてくる気配がする。まるで獣に追われている様な気分だ。このまま逃げてしまいたい。屋敷の外へ、この街の外へ。
 それ程、彼が怖い。人肉を食す獣よりも、何よりも恐ろしい。
 しかしそんな事出来る筈が無く、辿り着いた客室の扉を手早く開き、中に入る様男を促した。彼は何も言う事無く、私の前を通り過ぎ客室へと入っていく。そしてソファにどさりと腰を下ろし、項垂れる様に俯いた。
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