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LVII 身体の変化-I

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 起きるには、少しだけ早い朝。
 カーテンの隙間から差し込む陽の光は、丁度ベッドに当たる。その光が目元を照らしていたのか、眩しさを感じ目を覚ました。

「……うぅん」

 ぼんやりと目の前に見えたのは、最愛の人の顔。彼はもう既に起きていた様だ。眼鏡を掛け、穏やかな顔で私を見つめていた。
 
「おはようございます」

「……おはよ、早いね」

 素肌を撫でる、冷えた朝の空気。その感覚に、昨晩は久々に彼と身体を重ねたのだという事を思い出す。
 ここ二週間程、彼は仕事が忙しかった様でお互いベッドに入る時間がバラバラだった。その為、身体を重ねるのは昨晩が二週間ぶりであった。
 何年経っても、彼との夜の営みが途切れる事は無い。お互いの身体に飽きる事は無く、ノーマルともアブノーマルとも呼べぬ行為を続けていた。
 しかし不思議な事に、10年間もほぼ毎日身体を重ねていたというのに、たったの二週間途切れるだけで何故だか新鮮さを感じてしまう。まるでこの10年間の月日がたったの1、2年に縮んでしまったかの様に思えて、「やっぱり私達おかしいよ」なんて言って彼と笑い合った。これが、私達の日常だ。


「そういえば、マーシャ」
 
 彼が不意に顔から笑顔を消し、やや真剣な表情を浮べる。一体何を言われるのかと身構えていると、彼が徐に私の首に手を伸ばした。
 彼が触れたのは、首に嵌められた首輪。10年も着用していると、流石に古くなってくる。もう鍵等使わなくても、手で少し引っ張れば外れてしまいそうだ。
 彼の指が首輪と首の隙間に入り、するりと撫でる様に動く。

「な、なに……」

 それが少々擽ったく感じ、逃れる様に身を引いた。すると彼は思いの外呆気なく首輪の隙間から指を抜き、ふむ、と何かを考えこむ様な、将又何かに気付いた様な曖昧な反応を示した。

「――少し、太りました?」

 空気が凍てつく様な、マクファーデンの一言。

「……は?」

 女性の体型といったデリケートな話を、一切包み隠さず口にしてしまう人間がいるだろうか。この国に紳士として生まれたのならば、配慮やデリカシーというものを身につけるべきだ。
 しかし、悲しい哉彼は医者である。デリカシーや配慮なんてものは持ち合わせておらず、きっと私の事を患者の1人程度にしか考えていない。
 
「……ふ、太ったかな」

 声が僅かに震え、お腹を隠す様に両腕を組む。
 彼に、デリカシーというものを学べと、その様な事を軽率に口にするなと怒っても良かった。だが羞恥が何倍も上回ってしまい、怒りを主張する事が出来なかった。
 彼の言葉に、心当たりはある。ここ最近、紅茶に入れる砂糖とミルクの量が増え、更には今迄依頼者の屋敷で軽食を出されても手を付けなかったというのに、あまりに美味しそうなそのケーキやサンドイッチ、スコーン達に目が眩み、出された軽食を完食してしまう事も増えた。
 依頼者達は世間体を第一に考え、少しでも私の口を封じようと色々と工夫をしてくる。それこそ、高級な茶菓子を用意したり、腕の良いシェフに軽食を作らせたりし、私が少しでもそれを口にすれば最後、庶民は店構えすら拝めない程の高級品を食わせてやったのだからこの事は他言無用だと圧を掛けてくる。
 別に、ブローカーから装飾品を買い取ったからと言ってその家の品位が落ちる訳では無かろうに、なんて思うが、貴族の社会はそう甘くはないらしい。服や靴はオーダーメイドが当たり前。別の誰かに作られた、既に完成した服を買うのは貴族の恥、と言われているそうだ。私にとっては心底興味の無い話ではあるが、それでも貴族の女達は大変なのだな、と少しばかり同情してしまう。
 こんな事になるのなら、依頼者の屋敷で軽食を口にしなければ良かった。1度でも食べてしまうと、欲が溢れ他の屋敷でも食べる様になってしまう。

「目で見ただけでは、どの程度太ったか、というのは分かりませんがね。ただ昨晩貴女を抱いていて、少し肉付きが良くなった様に感じまして。それに、首輪の隙間が以前より――」

「あぁ待って! もうそれ以上言わないで!」

 片手で彼の口を塞ぎ、自身の顔を枕に押し付ける。

「……痩せるから、痩せる努力はするから」

 死にかけの動物の様な声で言葉を絞り出すと、手の下の口が僅かに動いた。彼が私の言葉に返答しようと声を出すが、私が口を強く塞いでいる為もごもごと籠った声が聞こえただけで何も聞き取る事は出来ない。――いや、聞き取ろうとしなかった、の方が正しいのかもしれない。

「わ、私! 今日は早めに仕事行くから!」

 普段はそのまま、共にベッドで着替えを行うのに、今日はなんだか彼に身体を見られたくなくて布団を彼から剥ぎ取り身体に巻き付けたまま脱衣所へと駆け込んだ。


◇ ◇ ◇
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