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LV 思案-I

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 仕事を終えた、16時。診療所の定位置について、深く溜息を吐く。
 今日は面談の予定も入っておらず、更にはセドリックが19時迄屋敷に残ると言っていた為、後の事は彼に任せ普段よりだいぶ早くに帰って来た。
 ベストのポケットから取り出したのは、例の書類。そっとその紙を開き、シャーロット・エインズワースの文字を見つめる。

「何かありました?」

 デスクに向かっていたマクファーデンが、私の溜息に気付き此方に視線を遣った。

「うぅん、ちょっと仕事で不思議な事……というか、気になる事が起こってね」

「気になる事?」

 彼がペンを置いて、身体を此方に向ける。

「仕事の事だし、更には私が当事者って訳でも無いから何処まで話していいか分かんないんだけど……、先生の意見も聞きたいから仮説で話してもいい?」

 彼は当然、エルが元貴族令嬢だという事は知らない。エルの家柄を知っているのは私とセドリック、そしてライリーを含めた街の人間数名だけだ。それでも、はっきりと知っているのは私とセドリックだけだと言って良いだろう。故に、幾ら信頼を置いているとはいえ、マクファーデンにも安易に話してはいけない事だ。彼は勘が鋭い為、エルが育ちの良い女性だという事に気付いている可能性も充分にあり得るが、彼がそれを口にしないうちは此方も伏せておく必要がある。

「仮説……ですか。そうですね、僕は決して他言したりはしませんが、仕事の事となると信頼云々の話ではなくなりますからね。仮説で構いませんよ」

 仮説を使う事にやや引っ掛かりを覚えた様だが、彼は穏やかな口調で承諾してくれた。私の話を聞く為か、作業を中断し私の向かいの椅子に座る。
 仮説を使うと言ったは良いが、どの様に話せば伝わるだろうか。畳んだ書類をポケットに戻し、テーブルに両肘を突いてうぅんと唸る。

「難しい問題なんですか?」

「多分、そのまま話してしまえば難しい問題では無いんだけど……、仮説を使うとなるとどう話せばいいのか……」

「仮説を使うのは、案外難しいですからね。まぁ僕も患者の情報を貴女に話してしまっているので、此処だけの話という事にして貴女も話してしまってもいいんですよ?」

 彼がまるで、悪戯をする子供の様な顔で笑った。初めて彼のそんな顔を見た様な気がして、つい心が揺らいでしまう。
 ――エルの名前さえ出さなければ、問題無いだろうか。
 恐らく彼にこの話をしても、彼は人に言いふらしたりはしない。抑々、彼は自ら語るタイプでは無く、噂話にも興味が無い方だ。
 どれだけ頭を捻っても、上手い仮説が出て来ないのは事実である。真実を話すのは良くないと分かっているが、自分1人で今回の事が消化できるとは思えない。セドリックにも、エルにも話せないなら、ボロを出す前に何処かで発散するべきなのだろう。彼は、その相手に最適だと思えた。

「仕方ない、仮説を使うのは無しにする」

 そう告げて、深く溜息を吐いた。

「でも、全部は言わない。私1人だけの問題じゃないから」

「分かりました。貴女の好きな様に話して貰って構いませんよ」

 私の頭に手をぽんと乗せて、彼が優しく笑う。
 その笑顔に負け、吐き出す様にぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

「私の知り合いが、ちょっと訳アリで。上流階級の家に生まれた子なんだけど、色々あって逃げてきちゃったんだよね。それから……どの位かな、もう2年位は経ってると思うんだけど、元の家から探されてる気配も無くて、今は幸せに暮らしてる」

「……その、知り合いの方は、僕の知っている方ですか?」

 何か思い当たる節でもあったのか、彼がやや考え込む様な顔をした後そう問うてきた。

「……うぅん、多分知らないと思う。此処にも来たこと無いと思うし」

 真実と言っても、多少の嘘は必要だ。私は彼に嘘をつくのが得意では無い為、彼がそれを見破ってしまう可能性もあるが、彼は私の言葉に納得した様に頷き「そうでしたか」と短く相槌を打った。
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