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LII 堕落-VI
しおりを挟む「――僕は」
蚊の鳴く様な声で、彼が言葉を漏らす。
「僕は、この愛が異常でも、間違っていたとしても、貴女を離すつもりはなかった」
涙を堪えている様な、将又恐怖に震えている様な声音に、私は何も返答出来ず口を噤んだ。
「もし僕等の愛が異常なら、間違っていたなら、貴女は僕から離れましたか? ライリーさんの言葉が無かったら、貴女は僕の愛を受け入れてはくれなかったんですか?」
「――そんな、事は……」
彼の言葉に、はっきりと否定を示す事が出来ない。
この関係が間違っているのではないかと、悩んでいたのは事実だ。朝起きた時も、仕事をしている時も、街を歩いている時も、彼と身体を重ねている時でさえも、それが頭から離れた事は無かった。
しかしライリーと話す前から、私は彼との関係が改善すべき事柄だったとしても、自ら動く事が出来ないと分かっていた。動く事が出来ない理由までをも、理解していた。
故に、仮に間違っていたとしても私が彼から離れる事は無かっただろう。私の心が、不安に苛まれ続けていたとしても。
「貴女は僕を、不安の無い人間だと思っていたんですか? 貴女に対して、不安が無いと思っていたのですか?」
「……」
「実際は、不安しか無かった。恐怖しかなかった。貴女を失う事が怖くて、ただ、それだけが怖くて、貴女が僕から離れていかない様に、時に恐怖や不安でその心を縛り付けて僕に依存させようとした。僕が狂っているというのなら、貴女の事も狂わせてしまえばいいと思った。そうすれば、貴女は僕から離れていかない。そう、思っていたのですが……」
彼の言葉が、止まる。私の身体を抱く腕に力が籠り、彼が震えた息を吐いた。
「愛と、死は、表裏一体……ですか。確かに、そうかもしれませんね。僕には死を選ぶ覚悟が無かった。貴女を残して死ぬ事も、貴女を失った後1人で死ぬ事も、考えた事が無かった。あの時、貴女を路地裏で見つけた時、僕が医者で良かったと思っただけだった。貴女が消えてしまうのではないかと不安を抱いていましたが、本当に貴女が消えてしまった後の事は考えられなかった。きっと、僕に“死の覚悟”が無かったから、こんなにも僕は狂ってしまったんでしょうね」
「先生……」
「すみません、話し過ぎました。忘れてください」
随分と、無茶な頼みだ。そう思うも、今の彼を見ていたら普段の様に返答する事が出来なかった。
「――少し、このままで居ていいですか。5分で、なんとかします」
彼がぐりぐりと、顔を首元に押し付ける。その拍子に眼鏡のテンプルが首に当たり、ひやりとした感触が自身を襲った。
普段ならきっと、その冷たさから逃れる様に身を捻っていた事だろう。しかし、今はその冷たささえも逃したくはない。今此処で彼の手を払ったら、きっと彼は消えてしまう。
そんな儚さを、今の彼には感じていた。
「――だから今は、今だけは、黙って傍に居てください」
彼の、縋る様な言葉。
それに応える様に、ただそっと私を抱く彼の腕に手を添えた。
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