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LI 首輪-II

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「僕が良いという迄目を開けては駄目ですよ」

「……分かってるよ」

 がさがさと紙袋を漁る音がした後、彼の手が私の首筋に触れる。驚きと僅かな擽ったさに思わず目を開けてしまいそうになるが、先程の彼の言葉を思い出しきゅっと目元に力を籠めた。
 するりと、首に巻き付けられた帯状の何か。チョーカーか何かだろうか。しかし、チョーカーにしてはやや細く、更には重みもある素材だ。不思議な感触である。
 そして突如、ひんやりとした物がデコルテに触れた。瞳を開かなくとも分かる、宝石やガラスなどでは無い、金属の冷たさ。

「もういい?」

 催促する様に彼に問い掛けると、彼が「どうぞ」と静かに告げた。
 ゆっくりと瞳を開いた先、目に入ったのは優しい微笑みを浮べたマクファーデンの顔。その表情にどきりと鼓動が高鳴るのを感じながらも、首元に指先を触れさせた。

「……? なに、これ」

 表面はややつるつるとしていて、首の中心辺りに金属製の何かがぶら下がっている。
 その金属を指先でなぞっているうちに段々と形が分かり、背筋が凍る様な嫌な予感が沸き上がった。

「――まさか……」

 ベッドから勢い良く立ち上がり、彼を押し退け脱衣所へ駆け込む。そして、洗面台の壁に設置されたくすんだ鏡を覗き込んだ。

「これって……」

 首に付いていたのは、ダークブラウンの革に、オフホワイトの糸で丁寧に縫われ仕上げられた紛れもない“首輪”だった。そして中心に、首輪を留める様に小指程の大きさの南京錠パドロックが付けられている。
 その首輪を一周指で辿ってみるが、当然金具は付いていない。つまり、中心の南京錠を解錠しない限りこの首輪は外せないという事だ。

「良くお似合いですよ」

 脱衣所の扉に凭れ掛かって此方を見つめる彼が、私の首に嵌められた首輪を見て微笑む。

「ま、待って、これってペット用だよね。動物用の首輪でしょ?」

「確かに首輪は家畜やペットなどの動物に付けるものですが、それは動物用では無く歴とした人間用です」

「人間用? どういう事? 人間に首輪付けるなんて聞いた事無いけど」

 彼の行動やこの首輪の意味が理解出来ず、やや怒り口調で彼を問い詰める。しかし、彼は穏やかな口調で言葉を続けた。

「おや、御存知無いですか? マゾヒストやサディストの為の店がある事」

「……な、なにそれ」

「勿論、表立って経営はしていませんよ。看板すら出ていない、ただの民家の様な店です。しかし、そこにはこの世のマゾヒストやサディストの為に作られた玩具が山ほど売られているんです。行ってみたいですか?」

「いや……」

 彼の言葉に絶句しつつも、拒絶を示そうと首を横に振る。

「主な玩具と言えば、手錠を模った拘束具や麻縄、局部の空いた衣服等……ですが、首輪もその一つです。家に閉じ込めておける足枷もあったのですが、貴女には仕事があるでしょう。現実的では無かったので、首輪にしました」

「ちょ、ちょっと待って、言ってる意味が分からない」

「忘れましたか? 僕が前に言った事。『僕は貴女を飼い慣らしたい』『僕だけに心を開き、僕だけの猫になって僕に従順になる貴女を想像すると、苦しくなる程にそそられる』と。その時、僕は貴女に問うた筈です。『そんな僕は異常でしょうか?』と」

 態々思い出そうとしなくとも、あの晩のことは鮮明に記憶に残っている。故に、私が彼のその問いに答えられなかった事も当然覚えていた。

「貴女は僕を“異常”だと言わなかった。それは、飼い慣らされる事への肯定と捉えられるのでは無いですか?」

「そんな……」

「否定したって、今更ですよ。それに僕は言いましたよね。貴女が僕に嘘を吐いた晩、『そんなに知りたければ教えてあげますよ。僕がどれ程貴女を愛しているか』って。これが僕の愛です」

 彼が徐に私の首に手を伸ばし、首輪に指を引っ掛けぐいと引き寄せた。その拍子にバランスを崩し、彼の方へと倒れ込む。しかし、首輪を引っ張られている為彼と顔を合わせたままだ。妙な感覚を抱きながらも、皮膚に食い込む首輪に痛みを感じ彼の手を咄嗟に掴んだ。

「大丈夫ですよ。他の人間と過度にスキンシップを取らず、服をきちんと着ていれば首輪の存在は隠せます。他者に気付かれる心配もないでしょう」

「そういう、問題じゃ……」

「そういう問題じゃないなら、どういう問題なんですか? 元はと言えば貴女があんな嘘をついたからこうなったんですよ。恨むなら過去の自分を恨んでくださいね」

 穏やかな口調と表情に一致しないその辛辣な言葉選びに、底知れぬ恐怖を感じ背筋に冷や汗が伝った。

「僕は貴女に“天使”なんて言葉は使いたくありませんが、美しさで言えば天使と大差ないですね。“猫の飼育”というのも良いですが、“天使の飼育”という言葉を使うと背徳感があって愉悦を覚えます」

「……ほんと、狂ってんね」

「どうとでも言って貰って構いませんよ。僕をこうも狂わせたのは他でもない貴女ですから」

 楽し気な彼とは裏腹に、私は彼の精神状態に一抹の不安を抱く。
 彼を狂わせてしまったのは、彼の言う通り私なのかもしれない。私がもっと素直に行動をしていれば、彼も此処までの暴挙に出る事は無かったのかもしれない。
 しかし、何故だろうか。彼が私に執着をし、暴挙に出れば出る程私の心は安らいでいく。
 狂っているのは私も同じだ。この首輪は彼と繋がって居る証拠だ、なんて心の何処かでは思っている。
 言葉にし難い妙な感情を胸に抱きながら、どちらからともなく唇を合わせた。
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