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XLVI 夜-VI

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 何度、彼の指だけで果てた事だろう。ベッドに入ってどれ程の時間が経過したのだろうかとぼんやり考えながら、呼吸を整えつつシーツを掴んだ。
 考えてみれば、自慰というものもした事が無い。性行為の経験だって無い。つまり、性的快楽を味わうのはこれが初めてになる。
 何故、愛し合う男女は交わる事ばかり考えるのだろうとずっと疑問に思っていたが、愛した人から与えられる快楽がこれ程までに満足出来るものだとは思わなかった。
 それに、性的快楽とは一度味わえば忘れる事は出来ない。まるで麻薬の様に身体に強く刻み込まれ、それが欲しくなり、お腹の奥が疼き出す。
 知りたくなかった、と言えば嘘になるが、この様な快楽を知ってしまった事への恐怖心というものは少なからずあった。

「さて、そろそろ本番……と言いたいところですが、だいぶへばってますね」

「へばって、ないし」

「そんな息切らせておいてよく言います」

 小さく息を吐いた彼が、床に落ちたネグリジェを拾い上げた。そして私の身体を抱き上げ、やや乱暴に頭に被せる。

「ちょ、何すんの」

「1人で着れます?」

「着れるって……? もう終わりなの?」

「まだ続けたいですか?」

「……」

 性的快楽を受けた末にある絶頂とは、かなりの体力を消耗する。
 彼自身をまだ受け入れていない為なんだか名残惜しいが、これ以上続けるのは体力の限界だと本能的にも感じ取っていた。

「無理矢理にでも僕のものにするつもりだった、とはいえ、貴女の体力を考えるとこれ以上は難しそうですね。今日は此処までにしておきましょう」

「……先生はそれでいいの?」

「まぁ、貴女が口淫でもしてくれるなら話は別ですが」

「……こ、こうい……? え? なにそれ」

「いえ、なんでもないです」

 彼に促されるままネグリジェの袖に腕を通し、汗でしっとりと濡れた肌に被せる様に身に着けていく。
 本音を言えば身体に纏わり付く汗や、秘部を濡らす体液など全て洗い流してしまいたいところではあるのだが、とてもじゃないが今はベッドから動けそうにはない。今晩は諦めて、明日の朝にでも浴室を借りよう。
 ネグリジェを身に着け終わり、深い溜息を吐きながらベッドに顔を埋めた。

「経験が無いのは僕も同じですが、やはり女性とは体力の差がありますね」

「……うるさいな。そもそも攻め側と受け側って時点で違うでしょうがよ」

「まぁ、言われてみれば」

 彼と他愛のない会話をしながら、ぼんやりと考える。こうして体力を限界まで消費した事は過去にどれだけあっただろうか。
 まだ17歳だった時に、街で女性に絡む男性を相手にした事があった。身に着けた護身術で女性を逃がし、更には自分自身も逃げる事に成功したが、それでも暫く格闘は続いた。怪我こそしなかったものの、その後は少しの間動く事が出来なかった。
 あの時と今は、同じだろうか。
 状況は違えど、男を相手にしている事は同じだ。ふと小さく息を吐き、瞳を閉じた。

「……男と格闘した時の事思い出すわ」

「格闘とセックスを同じにしないで貰えますかね」

「……何が違うの、男相手にしてる所は一緒でしょ」

「……」

 彼が何か言いたげな空気を醸し出しながらも、諦めたのか溜息を吐いて私に布団を掛けた。
 そして赤子をあやす様に、とんとんと背を一定のリズムで叩く。
 ――眠る時、こうして誰かにあやされた事は無かった。それは他でも無く、私はいつも一人だったからだ。
 セドリックと同じアパートを借りて暮らしていた時だって、私達の間に慈悲や愛情なんてものは何も無かった。寒さに凍えそうな夜さえも、身を寄せ合って温め合う事すらもしなかった。私も、セドリックも、それを望んでいなかったからだ。
 こうして、ただ背を叩いてくれるだけの事がこんなにも落ち着くなんて、私はこの歳になるまで、彼と出会う迄知りもしなかった。
 だが決して、その事実に悲しさも虚しさもない。それはきっと、今私の隣には彼が居るから。
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