DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

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XLIV 嘘-I

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 数着の衣類に、ヘアブラシ、手鏡、口紅。それから、お気に入りの香水。
 職場の書斎にて、借家を出た時に使用した革のトランクケースにそれ等の物を順番に詰め込んでいく。
 何か忘れ物があったとしても、この書斎はこれからも私の所有部屋である事には変わらない為、取りに戻る事は幾らだって出来る。取り敢えずは、目に付いた物を持って行けばいいだろう。
 ふう、と小さく息を吐いて、荷物の詰まったトランクケースを閉めた。

 あの男――エドワード・マクファーデンとの同棲は、あの場の勢いだけの発言だと思っていたが驚く事に現実になりつつあった。
 怪我を負い診療所で治療を受けた昨晩は、当然と言うべきか彼は私を職場に帰す事は無く無理矢理2階に連れ込んだ。そして然も当然かの様に同じベッドで眠り、状況を理解出来ぬまま朝を迎えた。
 ――そこまでは、まだ良かった。
 共に1階の診療所へ降り、額や頬のガーゼを取り換え、時計が午前10時を指した頃。さて、そろそろ職場へ戻ろうか、と支度を始めた時、彼が淡々とした口調で告げた。「共に暮らす為に必要な物を、2、3日中に2階に運んでおいてください」と。
 本当に同棲するつもりなのか、昨日の今日でもうそこまで話が進んでいるのか、もっと段取りというものがあるのではないのか、などと頭の中を様々な言葉が駆け巡ったが、結果口から出てきたのは「はい」の一言だった。
 何を素直に言う事を聞いているのだろうか、なんて思いながらも、言われた通り荷造りをしてしまう自分が憎い。

「あぁ、もう。馬鹿じゃん私、単純すぎ」

 これが惚れた弱みというものなのか。彼の顔を見ていると、思っている事も言葉に出来ない。二つ返事で従ってしまう。
 自分がこんな性格をしているとは思っていなかった。恋や愛に憧れを抱く事はあっても、まさか此処までいとも簡単に絆されてしまうとは。
 言われるままに用意してしまったトランクケースをドン、と拳で叩き、その場に立ち上がった。
 ホールへ行って、紅茶でも淹れよう。紅茶を飲めば、少しは気分も落ち着く筈だ。
 大きく伸びをしながら書斎を後にし、飛び跳ねる様に二段飛ばしで階段を降りていく。

「あれ、セディじゃん」

 階段を降りた先、目に留まったのはソファに座り足を組んで寛いでいるセドリックの姿。
 今日は特に、面談の予定は無かった筈だ。普段ならエルを理由にして直ぐ自宅へ帰ってしまうというのに、彼がこうしてホールで寛いでいるなんて珍しい。

「何、エルちゃんと喧嘩でもしたの」

「してねぇよ。お前が仕事しろって言ったんだろ」

「仕事……してる様には見えないけど……」

 私の言葉が癪に障ったのか、ぼんやりと窓の外を見ていた彼が漸く此方に視線を向けた。しかし、私の顔を見た彼は固まったまま、反論の言葉を口にしようとはしない。
 そこではたと気付く。そういえば、私の額や頬には大きなガーゼが張り付けられていた。
 このガーゼに、疑問と不信感を抱いているのだろう。何かを言おうと口を開いたセドリックを遮り、問われる前に「階段から落ちた」と一言告げた。

「落ちたぁ……? お前が……?」

 とても信じられない、と言った顔をしてじとりと此方を見つめる彼に、小さく溜息を吐く。
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