151 / 222
XLIV 嘘-I
しおりを挟む
数着の衣類に、ヘアブラシ、手鏡、口紅。それから、お気に入りの香水。
職場の書斎にて、借家を出た時に使用した革のトランクケースにそれ等の物を順番に詰め込んでいく。
何か忘れ物があったとしても、この書斎はこれからも私の所有部屋である事には変わらない為、取りに戻る事は幾らだって出来る。取り敢えずは、目に付いた物を持って行けばいいだろう。
ふう、と小さく息を吐いて、荷物の詰まったトランクケースを閉めた。
あの男――エドワード・マクファーデンとの同棲は、あの場の勢いだけの発言だと思っていたが驚く事に現実になりつつあった。
怪我を負い診療所で治療を受けた昨晩は、当然と言うべきか彼は私を職場に帰す事は無く無理矢理2階に連れ込んだ。そして然も当然かの様に同じベッドで眠り、状況を理解出来ぬまま朝を迎えた。
――そこまでは、まだ良かった。
共に1階の診療所へ降り、額や頬のガーゼを取り換え、時計が午前10時を指した頃。さて、そろそろ職場へ戻ろうか、と支度を始めた時、彼が淡々とした口調で告げた。「共に暮らす為に必要な物を、2、3日中に2階に運んでおいてください」と。
本当に同棲するつもりなのか、昨日の今日でもうそこまで話が進んでいるのか、もっと段取りというものがあるのではないのか、などと頭の中を様々な言葉が駆け巡ったが、結果口から出てきたのは「はい」の一言だった。
何を素直に言う事を聞いているのだろうか、なんて思いながらも、言われた通り荷造りをしてしまう自分が憎い。
「あぁ、もう。馬鹿じゃん私、単純すぎ」
これが惚れた弱みというものなのか。彼の顔を見ていると、思っている事も言葉に出来ない。二つ返事で従ってしまう。
自分がこんな性格をしているとは思っていなかった。恋や愛に憧れを抱く事はあっても、まさか此処までいとも簡単に絆されてしまうとは。
言われるままに用意してしまったトランクケースをドン、と拳で叩き、その場に立ち上がった。
ホールへ行って、紅茶でも淹れよう。紅茶を飲めば、少しは気分も落ち着く筈だ。
大きく伸びをしながら書斎を後にし、飛び跳ねる様に二段飛ばしで階段を降りていく。
「あれ、セディじゃん」
階段を降りた先、目に留まったのはソファに座り足を組んで寛いでいるセドリックの姿。
今日は特に、面談の予定は無かった筈だ。普段ならエルを理由にして直ぐ自宅へ帰ってしまうというのに、彼がこうしてホールで寛いでいるなんて珍しい。
「何、エルちゃんと喧嘩でもしたの」
「してねぇよ。お前が仕事しろって言ったんだろ」
「仕事……してる様には見えないけど……」
私の言葉が癪に障ったのか、ぼんやりと窓の外を見ていた彼が漸く此方に視線を向けた。しかし、私の顔を見た彼は固まったまま、反論の言葉を口にしようとはしない。
そこではたと気付く。そういえば、私の額や頬には大きなガーゼが張り付けられていた。
このガーゼに、疑問と不信感を抱いているのだろう。何かを言おうと口を開いたセドリックを遮り、問われる前に「階段から落ちた」と一言告げた。
「落ちたぁ……? お前が……?」
とても信じられない、と言った顔をしてじとりと此方を見つめる彼に、小さく溜息を吐く。
職場の書斎にて、借家を出た時に使用した革のトランクケースにそれ等の物を順番に詰め込んでいく。
何か忘れ物があったとしても、この書斎はこれからも私の所有部屋である事には変わらない為、取りに戻る事は幾らだって出来る。取り敢えずは、目に付いた物を持って行けばいいだろう。
ふう、と小さく息を吐いて、荷物の詰まったトランクケースを閉めた。
あの男――エドワード・マクファーデンとの同棲は、あの場の勢いだけの発言だと思っていたが驚く事に現実になりつつあった。
怪我を負い診療所で治療を受けた昨晩は、当然と言うべきか彼は私を職場に帰す事は無く無理矢理2階に連れ込んだ。そして然も当然かの様に同じベッドで眠り、状況を理解出来ぬまま朝を迎えた。
――そこまでは、まだ良かった。
共に1階の診療所へ降り、額や頬のガーゼを取り換え、時計が午前10時を指した頃。さて、そろそろ職場へ戻ろうか、と支度を始めた時、彼が淡々とした口調で告げた。「共に暮らす為に必要な物を、2、3日中に2階に運んでおいてください」と。
本当に同棲するつもりなのか、昨日の今日でもうそこまで話が進んでいるのか、もっと段取りというものがあるのではないのか、などと頭の中を様々な言葉が駆け巡ったが、結果口から出てきたのは「はい」の一言だった。
何を素直に言う事を聞いているのだろうか、なんて思いながらも、言われた通り荷造りをしてしまう自分が憎い。
「あぁ、もう。馬鹿じゃん私、単純すぎ」
これが惚れた弱みというものなのか。彼の顔を見ていると、思っている事も言葉に出来ない。二つ返事で従ってしまう。
自分がこんな性格をしているとは思っていなかった。恋や愛に憧れを抱く事はあっても、まさか此処までいとも簡単に絆されてしまうとは。
言われるままに用意してしまったトランクケースをドン、と拳で叩き、その場に立ち上がった。
ホールへ行って、紅茶でも淹れよう。紅茶を飲めば、少しは気分も落ち着く筈だ。
大きく伸びをしながら書斎を後にし、飛び跳ねる様に二段飛ばしで階段を降りていく。
「あれ、セディじゃん」
階段を降りた先、目に留まったのはソファに座り足を組んで寛いでいるセドリックの姿。
今日は特に、面談の予定は無かった筈だ。普段ならエルを理由にして直ぐ自宅へ帰ってしまうというのに、彼がこうしてホールで寛いでいるなんて珍しい。
「何、エルちゃんと喧嘩でもしたの」
「してねぇよ。お前が仕事しろって言ったんだろ」
「仕事……してる様には見えないけど……」
私の言葉が癪に障ったのか、ぼんやりと窓の外を見ていた彼が漸く此方に視線を向けた。しかし、私の顔を見た彼は固まったまま、反論の言葉を口にしようとはしない。
そこではたと気付く。そういえば、私の額や頬には大きなガーゼが張り付けられていた。
このガーゼに、疑問と不信感を抱いているのだろう。何かを言おうと口を開いたセドリックを遮り、問われる前に「階段から落ちた」と一言告げた。
「落ちたぁ……? お前が……?」
とても信じられない、と言った顔をしてじとりと此方を見つめる彼に、小さく溜息を吐く。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる