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XLIII 悪いのは-VIII

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 そんな彼を見ていて、これ以上黙っているのは彼の為にも、自分の為にもならないと思った。
 彼は私と向き合ってくれている。私を、知ろうとしてくれている。なのに私は、逃げてばかりだ。この機会を逃したら、きっと私はまた逃げ続ける。また1人になる。彼との距離も、今迄通りで縮まる事もなくなる。

「――母親、だよ」

 ズキズキと痛む身体を無理に起こし、言葉を零した。

「私を殴ったのは、私の実の母親だよ」

「……母親、って、だって貴女のお母様は幼少の貴女を……」

「そう。あの女は私を捨てた。エリオット先生にどこまで話したか覚えてなかったけど、やっぱ私話してたんだ。それも、カルテに書かれてたんだね」

「……はい。貴女のカルテには、“幼少の頃に母親に捨てられ孤児になった”と……。たったそれだけなので、詳細は分かりませんが」

「まぁ、母親に捨てられた事は隠す事でもないし別にいいんだけどね。ただ、いつ頃だったかな、一ヶ月は前だったと思う。久しぶりに母親と会って、会うなり金をせびられた」

 起き上がったは良いが、身体の痛みが酷く座っていられない。身体が倒れない様にベッドに手を突くも、手首を痛めていた様でずきりと痛みが走った。
 そんな私を見て直ぐに察してくれたのか、彼の両腕が支える様に私の身体を包む。

「あの女、本当にやり方が汚くて。セディとエルちゃんに手を出されたくなかったら金を出せ、なんて言って脅してきて。あの2人だけは、どうしても守りたかったからさ……、払えない額じゃなかったし……」

「それでお金を、渡したんですか」

「……うん」

 私の身体を抱く彼の腕に、僅かに力が籠る。

「本当に、情けない話なんだけど。それから何度もあの女に金せびられる様になって、生活が不安定になって、借家の家賃も払えなくなって……」

「借家を、出たんですね? 今は何処で生活を?」

「職場の書斎。セディには職場に住み着くなって言われてたけど、その辺は上手くやってるから未だにバレてはいないっぽい。幸い、職場は小さい屋敷だから風呂もキッチンもあってさ、生活には困らなかったんだ」

「……そういう問題では無いでしょう」

「……そういう問題なんだよ、私にとっては」

 ふふ、と笑みを零し、彼の背に腕を回した。
 彼は何処までも、優しい人だ。先程までは、これ以上隠す事は彼の為にも自身の為にもならないだなんて思っていたのに、話した途端に後悔に苛まれる。

「――僕に、いい案があります」

「うん?」

「僕、この診療所の二階を借りて生活しているんです」

「……知ってる、けど」

 沸き上がる嫌な予感に、彼から身を離した。私を見つめるその瞳は、真剣そのものだ。

「僕と一緒に暮らしましょう」

「はぁ!?」

 突拍子もない――という程でも無いが、彼のその案はあまりに非現実的である。
 それは、彼なりの精一杯の優しさだったのかもしれない。哀れみだったのかもしれない。しかし、彼に迷惑を掛ける事だけはしたくなかった。

「慰めとか、要らない。私は今迄通り書斎で生活できるから」

「慰めなんかじゃありませんよ」

 彼の手が、くしゃりと頭を撫でた。そしてそのまま頬へ手が滑り、優しく撫でる様に包み込む。

「これは僕にとって、美味しい状況なんですよ。愛した女性に同棲を持ち掛けられる、絶好の機会じゃないですか」

「愛……って……」

 一気に顔に熱が上り、思わず彼から顔を背ける。しかし、頬を包んでいた彼の手がそれを許さず、再び視線が交わった。

「あぁ、貴女のその傷も心配なので強制入院です。でもこの診療所には入院できる環境が無いので、僕の部屋で様子を見ましょう」

「取って付けた様な言葉だなぁ……。何がなんでも同棲するつもりなんだね……」

「はい」

 ――彼の熱の孕んだ視線に、巧みな言葉選び。
 彼との押し問答に勝てる訳が無く、何故こんな事になってしまったのか、彼と同棲する事が決まってしまった。
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