DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

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XLIII 悪いのは-VI

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「止血剤打っときますね。出血はだいぶ収まりましたが、まだ完全では無いですし少々不安なので」

 彼が小さなガラス瓶に注射器を刺し、慣れた手つきで薬品を注射器のシリンジに入れていく。
 腕に針を刺し体内に薬品を投与する治療法があるのは知っていたが、実物を目にするのは初めてだ。痛みの恐怖より好奇心が先立ち、彼の手元を凝視していると彼がちらりと私を一瞥した。
 
「そんな期待の眼差しを向けられても困ります……」

「興味あるじゃん。最先端の医学、でしょ?」

「貴女が言うと少々頭の悪い発言に聞こえてしまうのは何故でしょうか……」

 彼が私の服の袖を捲り、露出させた腕に注射針を宛がった。
 ベッドに横たわっている今の状態では、薬が投与される光景を見るのは難しい。なんとか針が腕に刺さる瞬間だけでも見られないかとお腹に力を籠めて頭を上げると、彼が淡々とした声で「動かないでください」と言って私の額を押し戻した。

「腕の痣、酷いですね。出血が無いだけまだ幾らかマシですが、打撲も馬鹿に出来ませんからね」

「あぁ、まぁ、打撲程度なら慣れてるし」

「話聞いてました? ただの打撲でも馬鹿に出来ないと言っているんですよ」

 彼が溜息を吐いた瞬間、腕にチクリと痛みが走る。初めて味わう感覚に、全身の肌が粟立つのを感じながらもその痛みにさえ好奇心を抱いている事に気付いた。
 私は本当に痛みに無頓着であり、変な物に興味を抱く。流石にその自覚が無い程馬鹿では無い為、言い掛けた、楽しさを表す言葉を飲み込んだ。

「痛くありませんでした?」

「……どうだろ、痛みの度合いで言えば怪我の方が強いからなぁ」

「それもそうでしたね」

「先生はそれ、打った事あるの?」

「皮下注射ですか? 僕は今の所ありませんね。ですが、過去に何度か患者に打ってきましたが、患者の反応を見る限りでは打ちたくないです」

 その言葉に苦笑すると、彼は反対にやや暗い表情を見せた。使用済みの注射器を片しながら、言い辛そうに口を開く。

「ずっと気になっていたんですが、その怪我、どうしたんですか?」

 彼の言葉に、自身の顔から笑みが消えた。
 自身を幼少期に捨てた実の母親と再会し、金を強請られた挙句暴行を受けただなんて、とてもじゃないが彼には言えない。しかし、あの女がマクファーデンに接触する可能性は大いにあり得る。そう考えると、彼には伝えておいた方が良いのではないか。
 だが、彼を心配させる事は極力したくない。彼に、弱い姿も見せたくはない。
 ぐるぐると回る思考に、えっとまぁその、などと言い淀んでいると、彼が私の額の傷に再びガーゼを当てた。そして取り出した太めの包帯を慎重に頭に巻き付けていく。

「言いたくないのなら、無理には詮索しませんが……、貴方は街の人間とトラブルを起こす様な人間では無いでしょう。掠り傷なら兎も角、致命傷になってもおかしくは無い程の怪我です。もし、誰かに何かされたのなら、警察に届け出る事も考えなければなりません」

 彼が浮かべた不安気な表情に、胸がきつく締め付けられるのを感じ咄嗟に顔を背けた。
 彼に正直に話すべきなのか、それとも曖昧に誤魔化すべきなのか。正解は分からない。
 いっそ正しいこの答えも、“あの手紙”に書いておいてくれれば良かったのに。

「――警察に届けた所で、意味無いよ」

 緊張感からか口内が乾き、絞り出した声はやや掠れている。

「意味が無い、とは? それは階級の問題ですか?」

「まぁ、それもあるかもね。私の様に曖昧な階級を持った人間の言う事は、警察は大体信じないし、ろくに調べもしない。だって、死んでいても生きていても変わらない人間だから。警察だって人間。殆ど、私利私欲で動いてる人達だよ」

「――……」

 私のカルテには、一体何処までの情報が記されているのだろう。親に捨てられ孤児になった事も書かれているのだろうか。幼少の私はエリオット先生に、何処までの事を話したのか正直記憶は定かでは無かった。

「――先生、両親との仲は良かった?」

「両親、ですか?」

 彼の問い掛けに、ゆっくりと目を伏せ肯定を示す。
 
「……どうでしょうか。両親の事は人に話した事が無いですし、聞かれた事も無かったので考えた事がありませんでした。ですが、隠す事でも無いので、貴方が聞きたいのなら話します。面白い話ではありませんよ」

「いいよ、聞きたい」

 話す内容を考えているのか、彼が「えっと」と一言口にしたまま黙り込んでしまった。
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