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XLI 読めない心-II
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「倒れた」と聞いた時点で只事では無いのは分かりきっていたのだが、これは想像以上だった。心の何処かで、前回の様に眠って良くなったのではないかと、体調も想像している程悪くないのではないかと思っていたが、生憎そうはならなかった様だ。
本当に唯の風邪などで済めば良いのだが、流行病や感染症、臓器を蝕む病であったら困ってしまう。
まだ治療法がある病であれば、セドリックや私は街の人間よりも金銭的に余裕がある為治してやる事は出来るかもしれないが、不治のものであれば厄介だ。大切な友人であり、妹も同然である彼女をそんな形で喪いたくない。それに、考えたくはない事ではあるがエルを喪った後のセドリックも心配である。彼の事だ、エルの後を追って自ら命を絶ってしまう可能性も充分にあり得る。いや、寧ろ彼がエルの居ない世界で1人で生きていく事の方が想像出来ない。
どうか、彼女の身に大きな病がありませんように。今は、そう願う他無かった。
家の戸締りを終えエルに視線を向けると、彼女はぼんやりと空を眺めていた。空は相変わらずの曇りだ。見渡してみても何も無く、強いて言うのならば枯れた木の枝に野鳥が数羽留まっている事位だった。
一体何を見つめているのだろうと疑問に思い、「どうかした?」とエルに問い掛ける。しかし、彼女は憂いを帯びた顔で「なんでもない」と短く返答するだけでそれ以上何も言う事は無かった。
彼女の身体を支えながら街を歩く事十数分。遠目に、長らく訪れていなかった診療所が見えてきた。
そこでふと、マクファーデンから受け取った本の存在を思い出す。あの本は現在、職場の書斎に置き去りにされていて、ここ2日程読む事を怠っていた。
「――あ、あのさ」
あくまで、エルの付き添いだ。本を読んで居なくとも、診療所に入る事は許されるだろう。
しかし医者であるマクファーデンは、私が唯一特別な感情を抱いた男。久々に彼の顔を見る事に緊張感を抱いているのか、まともな対応が出来るとはとても思えなかった。
それに、エルにはまだマクファーデンへの気持ちを悟られたくはない。話したくないという訳では決して無いが、話すならばちゃんと心の準備というものをしてから、2人だけの時に伝えるのがベストだ。
「――私、外で待ってても良いかな」
ドアノブに手を掛けたまま此方に顔を向けたエルが、小さく首を傾げる。
「どうして? 何かあるの?」
「あぁ、えっと……私、此処の先生得意じゃなくって」
「得意じゃ、無い?」
彼女の問い掛けに、こくりと頷く。
“得意じゃない”という言葉に、嘘は無い筈だ。確かに私は、マクファーデンに特別な感情を抱いている。だがそれと同時に、彼の事が得意では無い。それは他でも無く、彼の感情だけが読めないからだ。
しかし、何故だか嘘をついている様な気がしてしまい酷く罪悪感を抱いた。
「構わないけれど、怖い人なの?」
「うぅん、全然怖くは無いよ。ちょっと、何考えてるか分からない様な人で、私が個人的に苦手ってだけで」
「――そう……」
今現在、私はどんな顔をしていただろうか。私の顔を見た彼女が、くすりと小さく笑った。
「じゃあ、行ってくるわね」
彼女がドアノブを捻り、診療所へ入っていく。カラリと耳に心地良く届くドアベルの音に懐かしさを感じながら、1人外壁に凭れ掛かった。
「――おや、見ない顔ですね。診察ですか?」
診療所の中から微かに聞こえてきた、マクファーデンの声。その声はややハスキーで、少年を連想させるものだ。どきりと、鼓動が跳ね上がる。
それは、私がずっと聞きたかった声。
本当は、顔が見たかった。エルの付き添いと理由を付けて、彼に会いたかった。
けれど、今日だけは“本を読んでいないから”という会わない理由があって良かったと心の何処かで思っていた。
鼓動は早鐘を打ち、鳴りやむ気配が無い。彼の声を聴いて感極まってしまったのか、瞳には零れそうな程の涙が浮かぶ。
声を聴いただけで“これ”だ。
きっと彼に会ったら、エルの事も放り出して彼に泣き付いてしまうだろう。
そんな姿、幾らエルだとしても見せたくはなかった。
◇ ◇ ◇
本当に唯の風邪などで済めば良いのだが、流行病や感染症、臓器を蝕む病であったら困ってしまう。
まだ治療法がある病であれば、セドリックや私は街の人間よりも金銭的に余裕がある為治してやる事は出来るかもしれないが、不治のものであれば厄介だ。大切な友人であり、妹も同然である彼女をそんな形で喪いたくない。それに、考えたくはない事ではあるがエルを喪った後のセドリックも心配である。彼の事だ、エルの後を追って自ら命を絶ってしまう可能性も充分にあり得る。いや、寧ろ彼がエルの居ない世界で1人で生きていく事の方が想像出来ない。
どうか、彼女の身に大きな病がありませんように。今は、そう願う他無かった。
家の戸締りを終えエルに視線を向けると、彼女はぼんやりと空を眺めていた。空は相変わらずの曇りだ。見渡してみても何も無く、強いて言うのならば枯れた木の枝に野鳥が数羽留まっている事位だった。
一体何を見つめているのだろうと疑問に思い、「どうかした?」とエルに問い掛ける。しかし、彼女は憂いを帯びた顔で「なんでもない」と短く返答するだけでそれ以上何も言う事は無かった。
彼女の身体を支えながら街を歩く事十数分。遠目に、長らく訪れていなかった診療所が見えてきた。
そこでふと、マクファーデンから受け取った本の存在を思い出す。あの本は現在、職場の書斎に置き去りにされていて、ここ2日程読む事を怠っていた。
「――あ、あのさ」
あくまで、エルの付き添いだ。本を読んで居なくとも、診療所に入る事は許されるだろう。
しかし医者であるマクファーデンは、私が唯一特別な感情を抱いた男。久々に彼の顔を見る事に緊張感を抱いているのか、まともな対応が出来るとはとても思えなかった。
それに、エルにはまだマクファーデンへの気持ちを悟られたくはない。話したくないという訳では決して無いが、話すならばちゃんと心の準備というものをしてから、2人だけの時に伝えるのがベストだ。
「――私、外で待ってても良いかな」
ドアノブに手を掛けたまま此方に顔を向けたエルが、小さく首を傾げる。
「どうして? 何かあるの?」
「あぁ、えっと……私、此処の先生得意じゃなくって」
「得意じゃ、無い?」
彼女の問い掛けに、こくりと頷く。
“得意じゃない”という言葉に、嘘は無い筈だ。確かに私は、マクファーデンに特別な感情を抱いている。だがそれと同時に、彼の事が得意では無い。それは他でも無く、彼の感情だけが読めないからだ。
しかし、何故だか嘘をついている様な気がしてしまい酷く罪悪感を抱いた。
「構わないけれど、怖い人なの?」
「うぅん、全然怖くは無いよ。ちょっと、何考えてるか分からない様な人で、私が個人的に苦手ってだけで」
「――そう……」
今現在、私はどんな顔をしていただろうか。私の顔を見た彼女が、くすりと小さく笑った。
「じゃあ、行ってくるわね」
彼女がドアノブを捻り、診療所へ入っていく。カラリと耳に心地良く届くドアベルの音に懐かしさを感じながら、1人外壁に凭れ掛かった。
「――おや、見ない顔ですね。診察ですか?」
診療所の中から微かに聞こえてきた、マクファーデンの声。その声はややハスキーで、少年を連想させるものだ。どきりと、鼓動が跳ね上がる。
それは、私がずっと聞きたかった声。
本当は、顔が見たかった。エルの付き添いと理由を付けて、彼に会いたかった。
けれど、今日だけは“本を読んでいないから”という会わない理由があって良かったと心の何処かで思っていた。
鼓動は早鐘を打ち、鳴りやむ気配が無い。彼の声を聴いて感極まってしまったのか、瞳には零れそうな程の涙が浮かぶ。
声を聴いただけで“これ”だ。
きっと彼に会ったら、エルの事も放り出して彼に泣き付いてしまうだろう。
そんな姿、幾らエルだとしても見せたくはなかった。
◇ ◇ ◇
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