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XXXVIII 生と死-II
しおりを挟む「酷いなぁ。セディを止める為に、態々この時間まで起きててあげたのに」
彼の意識を自身に向けさせる為に、わざと煽り文句を口にする。
皺の伸びたシャツに、しっかりと絞められたネクタイ、完璧に着こなされた黒のジャケットとウェストコート。ネクタイを締めるのが嫌いな彼が、今の様に首元迄きつく締めているのは依頼者と面談を行う時だけだ。明らかに不自然なその姿に、やはり彼は良くない事を――アルフレッドに会いに行くのだと悟る。
「やるなら、確実に足が付かない方法でやんなよ」
ほんの僅かに、ジャケット――左の脇腹の位置――が浮いている。それは素人目には決して分からない物だが、銃器を目にしてきた私にははっきりと分かった。
彼に近付き、ジャケットの内側に手を滑らせる。指先に触れるのは、想像していた通りの物、ショルダーホルスターだ。
ホルスターに装着された、回転式拳銃。それをゆっくりと引き抜く。
今までに、見た事のない型だ。ルーシャから、新たに譲り受けた物だろうか。トリガーガードに指を引っ掛け、サイレンサーでも取り付けられているのかと目の高さまで持ち上げ観察するが、特にこれと言った機能は付いていない様だ。
「……何で分かった」
「ベストとジャケット着て、ネクタイまできつく締めて、如何にもこれから依頼者に会いに行きます、なんて格好してるのに髪結ってないし。それに、セディがこんな時間に依頼者に会いに行くなんて有り得ないでしょ」
「……理由になってねぇよ」
舌打ち交じりに呟いた彼が、苛立ちを露わにし長い前髪を掻き上げた。伝わってくる感情に、僅かなぶれが生じる。どうにか、頂点に達していた殺意を紛らわせる事が出来た様だ。
それでも、彼を“落ち着かせる”にはまだほど遠い。
「扱いなれてない物で殺すなんて、感心しないなぁ」
「銃の腕は、お前よりかは確かな筈だが」
「……そうだっけ」
ルーシャから銃の扱い方を教わったのは、あの男とまだ出会ったばかりの頃だ。「ブローカーは立派な裏の人間なんだから、銃の扱い方位覚えておきなさい」と言われ、半ば無理矢理買い付けられた銃で、試し打ちという名の射撃練習をした事があった。音が漏れない様にと、何処かの屋敷の地下で行った記憶がぼんやりと残っているが、場所やその時の事はあまり良く覚えていない。
しかし、セドリックは銃への恐怖心が無かったからか、やけに習得が早かった事だけは鮮明に覚えている。私よりも的確に、弾を的に当てていた。
あれ程の腕があれば、多少離れていても確実に弾を人に当てる事は出来る筈だ。
「……じゃあさ」
無理矢理顔に張り付けていた笑みを消し、言葉を漏らす。
「1発で私を撃ち殺せたら、行っていいよ」
――自分でも、馬鹿げた提案だと思う。だが、こうでもしないと彼を止められないと思った。
標的に銃口を向けた際、ほんの一瞬でも冷静になる時がある。今はその瞬間に、頼りたい。
手に持った銃を彼の手に押し付けると、彼から僅かな困惑が伝わってきた。
「……悪ふざけも大概にしろ」
「別にふざけてないよ。練習台、必要でしょ?」
「笑えない冗談だな」
「だから、冗談じゃないってば」
彼は恐らく、アルフレッドを殺した後、陽が昇る前にこの街を出るつもりだったのだろう。何も知らないエルに、何処までの事を伝えるつもりなのかは分からないが、エルを連れて、きっと足の付かない遠くの街、もしくは国外へと逃げる気だった筈だ。それは単なる憶測でしか無いが、彼の性格を考えれば明白だとも言える。
「だって、エルちゃんと2人で遠い場所に逃げようって思ってんでしょ? なら、私ともここでお別れになっちゃうじゃない」
「!」
伝わる感情に生じた揺らぎ。やはり、私の憶測は正しかった。
私の憶測の範囲内で良かったと思う反面、彼は本気で“それ”を実行しようとしていた事に絶望感を抱く。もし私がこの屋敷で寝泊まりをしていなかったら、彼の行動に気付く事は出来なかった。
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