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XXXVII 束の間の休息-I
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現時刻は16時半。今日は朝から活動していた為か、1日が非常に長く感じた。
ウォーレンと話を終え、漸く職場に戻ってきたが、職場の屋敷を見たのが随分と前の事の様に感じられる。
あぁ、と溜息交じりの脱力した声を漏らしながら、持っていた鍵で屋敷の扉を解錠した。そしてゆっくりと開いた扉の隙間から、中を覗き込む。
屋敷の中は、いつも通り静かだ。あの男――ルーシャは、セドリックが無事追い出してくれたのだと分かり1人安堵する。
「――ごめん、思った以上に遅くなっちゃった」
ホールで寛いでいたセドリックと視線が交わり、その瞬間今日はエルの様子を見に行ったのだという事を思い出した。セドリックには、アリアとウォーレンに接触した事を無駄に話したくはない。それは、私自身の混乱を防ぐ為でもある。計画を纏められていない段階でセドリックに伝え、万が一にも話が縺れてしまった時。再び計画を企てるのに時間を要してしまう。
早朝に出て行って、こんな時間に帰ってきたのだ。寄り道をした事は直ぐに気付かれてしまいそうだが、彼の頭の中は“例の事”で埋め尽くされている様だった。
「――マーシャ、例の……あれは」
彼が心配しているのは、エルの腕を繋いでいた手錠の事だろう。心配する位ならば、最初からやらなければ良かったのに、なんて思いながらも「セディが心配してる様な事は何も無かったよ」と告げる。
今日は長距離を歩き、更には2人の人物から重い感情を受け取ったからか、とても疲れてしまった。大きく伸びをしながら、セドリックの向かいに置かれていたカウチに寝そべる。
その体制のままポケットから手錠とキーリングを取り出し彼に抛ると、セドリックは落とす事無く片手でそれ等を捉えた。
「家着いた時、エルちゃんまだ寝てたから多分手錠気付いてないと思う。あと体調、思ってた程じゃなかった。寝てすっきりしたのかな、元気そうだったよ」
「……そうか、悪かった」
彼が珍しく、隠す事無く安堵の溜息を吐き、「手間取らせたな」と一言呟く。
「全然。彼女と話すのは楽しいから大丈夫。でも、今日は早く帰ってあげなよ」
勢いを付けてカウチから起き上がり、無意識的に伸ばしたのはテーブルに置き去りにしていた、マクファーデンから渡された本。幼子がぬいぐるみを抱く様にそれを胸に抱き、時々ペラペラと徒にページを捲っては再び抱き直す。
「――その本、変な紙挟まってたけど」
不意に告げられた言葉に、私の鼓動が大きく跳ねた。
「なっ……!」
私がマクファーデンに、普通ではない感情を寄せている事を見透かされてしまった様に感じ、一気に顔に熱が上る。
「み、見たの? これ」
「……本の隙間から紙が落ちたから拾っただけだ」
「……あ、……そう」
思い返してみれば、挟んでいた紙にはなんの疚しさもない。書かれている事も、第三者が見たところで理解が出来ないものだ。それに、セドリックが私の感情や私生活に興味を示す訳が無い。
本を捲り、見つけ出した例の紙を抜き取り文章に視線を落とす。光に透かして見ても、何の小細工もされていない唯の紙だ。手紙とも呼べない、ノートの端を切って書いた粗末な物。しかしそれでも、彼が私の為だけに書いたこの文字がただただ嬉しかった。
暫くその紙を1人眺めていると、向かいに座っていたセドリックが徐に腰を上げ玄関へ足を向けた。
ウォーレンと話を終え、漸く職場に戻ってきたが、職場の屋敷を見たのが随分と前の事の様に感じられる。
あぁ、と溜息交じりの脱力した声を漏らしながら、持っていた鍵で屋敷の扉を解錠した。そしてゆっくりと開いた扉の隙間から、中を覗き込む。
屋敷の中は、いつも通り静かだ。あの男――ルーシャは、セドリックが無事追い出してくれたのだと分かり1人安堵する。
「――ごめん、思った以上に遅くなっちゃった」
ホールで寛いでいたセドリックと視線が交わり、その瞬間今日はエルの様子を見に行ったのだという事を思い出した。セドリックには、アリアとウォーレンに接触した事を無駄に話したくはない。それは、私自身の混乱を防ぐ為でもある。計画を纏められていない段階でセドリックに伝え、万が一にも話が縺れてしまった時。再び計画を企てるのに時間を要してしまう。
早朝に出て行って、こんな時間に帰ってきたのだ。寄り道をした事は直ぐに気付かれてしまいそうだが、彼の頭の中は“例の事”で埋め尽くされている様だった。
「――マーシャ、例の……あれは」
彼が心配しているのは、エルの腕を繋いでいた手錠の事だろう。心配する位ならば、最初からやらなければ良かったのに、なんて思いながらも「セディが心配してる様な事は何も無かったよ」と告げる。
今日は長距離を歩き、更には2人の人物から重い感情を受け取ったからか、とても疲れてしまった。大きく伸びをしながら、セドリックの向かいに置かれていたカウチに寝そべる。
その体制のままポケットから手錠とキーリングを取り出し彼に抛ると、セドリックは落とす事無く片手でそれ等を捉えた。
「家着いた時、エルちゃんまだ寝てたから多分手錠気付いてないと思う。あと体調、思ってた程じゃなかった。寝てすっきりしたのかな、元気そうだったよ」
「……そうか、悪かった」
彼が珍しく、隠す事無く安堵の溜息を吐き、「手間取らせたな」と一言呟く。
「全然。彼女と話すのは楽しいから大丈夫。でも、今日は早く帰ってあげなよ」
勢いを付けてカウチから起き上がり、無意識的に伸ばしたのはテーブルに置き去りにしていた、マクファーデンから渡された本。幼子がぬいぐるみを抱く様にそれを胸に抱き、時々ペラペラと徒にページを捲っては再び抱き直す。
「――その本、変な紙挟まってたけど」
不意に告げられた言葉に、私の鼓動が大きく跳ねた。
「なっ……!」
私がマクファーデンに、普通ではない感情を寄せている事を見透かされてしまった様に感じ、一気に顔に熱が上る。
「み、見たの? これ」
「……本の隙間から紙が落ちたから拾っただけだ」
「……あ、……そう」
思い返してみれば、挟んでいた紙にはなんの疚しさもない。書かれている事も、第三者が見たところで理解が出来ないものだ。それに、セドリックが私の感情や私生活に興味を示す訳が無い。
本を捲り、見つけ出した例の紙を抜き取り文章に視線を落とす。光に透かして見ても、何の小細工もされていない唯の紙だ。手紙とも呼べない、ノートの端を切って書いた粗末な物。しかしそれでも、彼が私の為だけに書いたこの文字がただただ嬉しかった。
暫くその紙を1人眺めていると、向かいに座っていたセドリックが徐に腰を上げ玄関へ足を向けた。
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